第32話 初めてのこと(2)

 亜姫と話を済ませてから合流することにして。

 さて、ではこの子をどうするか……と思いきや。

 

 「亜姫、起きなさい」

 麗華が豪快に亜姫をはたいた。そのまま頬をバチバチ叩き、力いっぱい体を揺らす。

 

 「さすがに、荒技すぎない…?」

  

 和泉がドン引くも、この程度じゃ起きないわよと麗華は再度亜姫をはたく。すると、

 「んー、ヤダ……あとちょっと」

 寝ぼけた亜姫は、和泉にギュウッと抱きついた。そのままムギュムギュと体を押しつけて、

 「お母さん、お布団変えたの?私こっちの方がいいな、すっごく気持ちいー………」

 そう言って、またスヤスヤと寝る。

 

 ………………………。

 ………………………。

 

 

 長い沈黙の後、全員が噴き出した。

 

 「俺…色々言われてきたけど、布団呼ばわりされたのは初だな」

 和泉が体を震わせて笑っていると、亜姫の眉間に皺が寄る。

 

 そのタイミングで、麗華が囁いた。

 「おっぱいが大きくなってプルプルしてる」

 

 「………………えっ!」

 亜姫が突然ガバッと飛び起きて、自分の胸を見下ろし数秒。そして叫んだ。

 「全然大きくなってない!!…………あれ?」

 

 目の前に麗華達がいる。亜姫はキョトンとした。

 

 なぜ皆が大爆笑しているのか。

 わからない。

 そして、今の状況もわからない。

 

 「おっまえ、マジかよ!おっぱい…どんだけ……!

 も、無理、ハラ痛てぇ……!」

 ヒロが腹を抱えてヒーヒー笑っている。笑いすぎて、最早まともに喋れていない。

 

 「覚醒しかけた時に言うと効果絶大なのよ、これ」

 麗華が楽しそうに言うが、一体何の話か亜姫にはわからない。

 

 「なんで、そんなに笑ってるの……?誰か状況を説明して………」

 

 呟く亜姫を、後ろから和泉が覗き込んだ。

 「逃げようとしてたの……覚えてる?」

 

 そこでようやく、何があったか思い出したらしい。

 真っ赤になって固まった亜姫に「ちゃんと話してからおいで」と伝えると、三人は先に出ていった。

 

 

 

 ◇

 麗華達が出ていくまで、亜姫は和泉に掴まったままだった。

 逃げようにも逃げられない。心臓がバカみたいに大きな音を鳴らす。

 

 ドアが閉まり足音が遠のくと、シンとした空気が教室に広がる。

 

 この音が教室に響きわたっているのではないか、そんな心配をした時。

 

 「……目、覚めた?」

 和泉が尋ねてきた。

 

 亜姫が俯きながら頷くと、和泉がその顔を覗き込む。

 

 「落ち着いた?少し、話をしようか」

 

 亜姫はコクンと頷いた。

 

 「キス、嫌だった?」

 

 亜姫は首を横に振る。

 

 「あんな事、突然言い出したのはどうして?」

 

 和泉の表情も声も、とても優しい。教えてほしいと頼むような言い方で、亜姫は思ったままを口にする。

 

 「あの、ね…友達から……」

 「俺が、すぐヤる男だって聞いてた?」

 「……うん……………」

 「さっき、あのままそうなると思っちゃった?」

 「………うん」

 「付き合い始めてから、ずっと心配してたの?もしかして、不安にさせてた?」

 

 亜姫はフルフルと首を振る。

 

 「考えたこともなかった。い、いきなり、あんなこと…されたから……なんか、ワケがわからなくなって…色んな話がグルグル回っちゃって…ごめんなさい……」

 亜姫は話をするにつれ、自身の行動に落ち込んでいった。

  

 すると、和泉が亜姫の体を包み込むように囲う。

 

 「確かに、俺はそういうことをしてきた。それこそ、学校で散々ね。

 でもさ、亜姫は知ってた?俺…去年の秋からそーいうことしてないんだよ。それどころか、女との関わりは全て拒絶し続けてる」

 「えっ……?」

 

 目を丸くする亜姫に、和泉はハハッと笑う。

 「その間に触れたのは亜姫だけだよ。…これからも、勿論お前だけ」

 「でも、和泉…あ、あの……」

 「俺、別に好きでしてたわけじゃない。むしろ逆」

 「逆、って…?」

 

 困惑する亜姫に、和泉は何故そんな生活だったのか、何故去年でやめたのかを説明した。

 

 「──でも。じゃあ亜姫と…なんて、考えてないよ?そんなことをする為にお前と付き合ったわけじゃない」

 

 和泉は、亜姫の体を自分の方へ抱き寄せた。

 密着した体を優しく包み込み、問う。 

 「こうやって抱きしめられるのは、イヤ?」

 

 恥ずかしいけど嫌じゃない、と亜姫は言う。

 

 「じゃあ、さっきみたいなキスは?あれも、恥ずかしいけど嫌じゃない…?」

 

 亜姫は頬を染めながら、小さく頷いた。

 

 「俺が今、望むとしたらそれぐらい。それも、亜姫が同じようにしたいと思ってくれる時だけね。

 俺が言っても説得力無いけど……こういうのは、気持ちが伴わないとダメ。だから亜姫も、必要ならさっきみたいにちゃんと嫌って言って。

 俺は、お前が嫌がることは絶対にしない。だから我慢なんてするな。

 万が一、それでも俺が止まらない時があったら……さっきみたいに思い切り突き飛ばしていい。

 分かった?」

 先に話しておくべきだった、怖い思いさせてゴメン。

 そう言って、和泉は優しく微笑んだ。

 

 亜姫はようやく落ち着いた。

 さっきまで逃げ出したかった筈なのに。改めて考えると、彼の腕の中はいつでも心地いい。

 包みこまれる度、ずっとこうしていたいと思ってしまう。亜姫はホウッと息を吐いて、和泉にもたれかかった。

 

 その温もりを堪能していると。

 

 「亜姫?さっきの続き…してもいい?」

 

 不意に聞こえた和泉の声は、いつもと違って甘かった。

 

 いいよ、なんて恥ずかしくて言えない。

 それを誤魔化すように、少し怒った口調で言ってしまう。

 「そんなこといちいち聞かないで!」

 

 すると和泉はフッと笑い、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 

 重なる唇に気を取られていると、

 「亜姫?大丈夫……?」

 少し掠れた声がして、亜姫は閉じていた目をゆっくりと開けた。

 

 視界いっぱいに、色気のある眼差し。けれど、今はその視線を心地良く感じてしまう。

 亜姫が無言で見つめ返していると、和泉がクスッと笑った。

 

 「もう少し、する……?」

 「ん」

 

 軽い返事と共に、亜姫は再び目を閉じた。

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