第28話 変化(2)

 今日は、亜姫が自覚してから初めての仕事。

 

 今まで以上に動揺してしまい、上手く話せない。

 倉庫へ移動している時も、何も言えぬままだった。

 

 同じ空間にいるだけなのに、彼の全てに反応してしまう。

 だが、「何か話したい、話さなきゃ」と思えば思うほど動けなくなっていく。どうしよう、と内心焦っていると。

 

 「亜姫」

 少し離れた位置から、彼の声。

 

 見られている。そう思った瞬間、心臓が大きく飛び跳ねた。

 彼が自分の名を呼んだ。そう意識した途端、外にまで聞こえそうなほどドキン!と胸が鳴る。同時に猛烈な恥ずかしさが全身を駆け巡り、どうしたらいいかわからなくなった亜姫は目を逸らして俯いた。


 「分担して、別々に作業しよう」

 

 思いがけないことを言われ、亜姫は目を見開く。驚きに顔を上げると、真顔の和泉と目が合った。

 

 「もうすぐ仕事も終わりだし、もう大した量もない。二人で一緒に作業する必要はないだろ。俺が探した荷物を廊下に出すからさ、亜姫は教室に持っていって」

 「え……?」

 「その方が楽だろ?時間も短くてすむし」

 「……どう、して?」

 

 なぜ急にそんなことを……?

 亜姫は理解できなかった。だが、次の言葉で更に混乱することになる。

 

 「俺が告白したことで、お前を困らせてるよな?

 悪いな、イヤな思いさせちゃって」

 「そん、そんなこと…思ってないよ……」

 「気を遣わなくていーよ。俺のこと、避けてるだろ?ゴメンな…困らせるつもりはなかったんだ。

 亜姫は悪くない。俺が不快感をもたれるのは、最初からわかりきってた。

 ……あと少しで終わるからさ。分担すれば仕事は成立するし、それで何とか我慢してもらえる?」

 「何、言って……」

 

 亜姫は何が起こってるかわからなかった。

 なにせ、やっと自身の気持ちに気づいたばかり。一緒にいられることが嬉しくて、仕事が終わってもこの関係を続けたいと思っていたのに。

 

 困ったことや嫌な思いをしたことなんて一度もない。不快感どころか、トキメキすぎて死にそうになっていたのに。

 

 その時、ふと思う。自分の取っていた行動が、和泉に誤解を与えていたのでは?と。 

 

 慌ててそれを伝えようとしたけれど、うまく言葉が出てこない。

 

 「前に、告白を無かったことにしないでって言ったけどさ…あれ、撤回する。

 俺が好きだって言ったこと、もう忘れて。無かったことにしてほしい」

 

 それは、感情を消した顔と声で紡がれた。

 亜姫は最初、ただの羅列された文字として受け止めた。それは、少しずつ染み込みながら意味をなしていく。

 

 今、なんて……?

 無かったことに……?

 もう、気持ちが無い……ってこと?

 和泉と、一緒にいられない……?

 もう、笑ってくれない……?

 

 

 亜姫が反応しないのは了承の意と捉えたのか、それとも空気を変えようとしたのか。先に動いたのは和泉だった。

 「とりあえず、今ある荷物は俺が持ってくよ。用意できた物は入り口に置いといて。戻ってきたらどう分担するか決めよう」

 そう言って動き出した和泉の背中に、亜姫は吐き出した。

 「やだ」

 

 「……え?」

 和泉が驚いて振り返る。

 

 その顔を強く見据え、亜姫は再度言った。

 「やだ。忘れない。無かったことにもしない。

 仕事も、別々はイヤ」

 「なに言って……」 

 「ずっと覚えてる。仕事も一緒にする。……嫌な思いなんてしてないよ、行かないで……」

 

 最後の方は泣いてしまって上手く言えなかった。気がつけば勝手に口が動いていて、何故泣いているのか亜姫にもよくわからない。胸の奥では、数多の感情が荒れ狂っている。

 

 「なんでお前が泣くんだよ。あんなに嫌がってただろ?気遣いならいらないから」

 

 その言葉を否定したくて、亜姫は何度も首を振る。涙が止まらなくなって、胸の奥はますます乱れていく。

 

 「嫌がってない…態度、悪くて…でも違うから……行っちゃダメ。一緒に仕事、しようよ……」

 

 和泉に伝えたい事は沢山ある。なのにうまく話せない。まずは落ち着かなければと、亜姫は目元を拭い続けた。

 

 すると、その手がそっと掴まれる。

 「そんなに擦ったら、顔に傷が付く。……泣くなよ」

 「泣いてない!」

 

 頬を濡らす亜姫を見て、和泉は呆れた様子で笑う。

 「どう見ても泣いてるじゃん。……これも、俺のせい?」

 「そうだよ!」

 理不尽な断定を受け、和泉は苦笑する。

 「そうか、それは悪かった。だから別々に、って提案しただろ?俺が居なけりゃ、お前は笑えるし泣かなくて済む。

 ……とにかく、荷物持ってく。一人の方が気持ちも落ち着くだろ」

 離れようとした和泉の服を、亜姫は咄嗟に掴んだ。

 

 和泉が困惑したように眉をひそめる。

 「お前なぁ、さっきから何がしたいんだよ。何を意地になってんのか知らねぇけど、いちいち抵抗してくんなって」

 「行かないで。行っちゃダメ、ここにいて」

 しゃくり上げてうまく言葉に出来ないが、亜姫は必死で止めた。

 和泉は流石に苛立ったようで、口調を荒げる。

 「っ、マジでなんなんだよ。手ぇ離せって!おい亜姫……」

 「好き」

 

 和泉の動きが止まった。

 「………………………………は?」

 ゆっくりと亜姫に視線を合わせる。

 

 亜姫は服を掴み直し、その目を真っ直ぐ見つめて呟いた。

 「和泉…………好き」

 

 和泉は固まっている。 

 

 「好き。和泉が好き」

 「っ、何言って……俺のこと、嫌なんだろ?………」

 「違う、違うの…昨日、気づいて…ごめんなさい…好きなの……」

 

 想像すらしなかった出来事に、和泉はただ呆然とする。だが繰り返し想いを告げられ、ようやく現実を受け止めた。

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