第26話 告白のあと

 「黒田に好きだって言われた……」

 

 亜姫は、麗華にせがんで泊まりに来てもらった。

 一日で沢山のことが起きすぎて、どうしたらいいかわからなかったからだ。

 

 黒田から告白されたあと、人気のない倉庫で強引に迫られて怖かったこと。

 和泉が助けてくれただけでなく、怖がってたことに気づいて慰めてくれたこと。

 そして、和泉にも好きだと告げられたこと。

 だが……その告白は自分の為にしてくれたこと。

 明日からも、今まで通り変わらず過ごしたいと言われたこと。

 

 麗華はその全てに驚きを見せたが、とりわけ黒田には凄まじい怒りを見せた。

 

 「でも、和泉のおかげで黒田が怖くなくなった」

 「それはありがたいけど、だからといって黒田が変わるわけじゃないのよ?」

 麗華はまだ怒っている。

 

 「……変わると思う」

 「なんで?」

 「和泉が、黒田に話をしてくれてた。……帰る前に、見たの」

 

 あのあと教室に戻ってから。和泉が廊下の片隅で作業する黒田に近づくのを見た。

 

 

 「黒田。さっきはジャマして悪かった」

 和泉が声をかけた時、黒田は気まずそうに軽く頷いた。

 そんな彼に、あのやり方では逆効果だと和泉はアドバイスを送る。

 

 橘が怖がってたみたいだから、こうするといい。

 あれじゃお前も誤解されたままになる、せっかく気持ちを伝えたのにもったいない。

 お前も、さっきのこと気にしてんだろ?

 

 さりげなく作業を手伝いながら、さもついでのように話しかける。

 

 人と関わりたがらない和泉が話しかけてきたことに、黒田は驚きしかなさそうだった。しかし、滅多に喋らない和泉が終始気遣いを見せながらする話。 

 黒田は戸惑いながらも真摯に受け止めた。少なくとも、亜姫にはそう見えた。

 

 亜姫は思った。和泉の行動は、黒田だけではなく自分の為でもあるのだろうと。

 

 

 「話を聞いてたらね、いつもの黒田だな、もうあんなことはしないだろうな…って、思えたよ」 

 

 穏やかに話す亜姫を見て、麗華は安堵する。

 

 麗華は見た目の印象から軽い女だと思われがちで、強引に迫られたことが幾度もある。何度も起こればある程度の対処法は身につくものの、そういう時の怖さというのは慣れるものではない。

 それを亜姫に根づかせないよう対処してくれた和泉には、感謝しかない。

 その上、亜姫の為に言うつもりがなかった告白まで?しかも、和泉の気持ちに応えることはしなくていいと?亜姫の気持ちを軽くする為だけに気持ちを伝え、負担は一切与えてない。

 いくら疑いの眼差しで見ていた麗華でも、これだけの行動を聞かされれば彼は信用に足ると認めざるを得ない。

 

 「亜姫は今日、どんな気持ちになった?初めて告白されたわけだけど、黒田にときめいた?」

 「ビックリした。だけど、ときめくより困ったと思う方が強かったかな…」

 「返事、しなきゃいけないのよね?……どうしたいと思ってる?」

 

 亜姫はしばらく考えこむ。

 恋とは?付き合うとは?そういう話を、これまで何度もしてきた。それを踏まえてこの先のことを想像してみる。

 

 「…………ダメだ、全く想像出来ない。

 黒田と二人で何かをしてるところ、何ひとつ想像出来ないよ。どうしよう、私の想像力が足りないのかな?」

 

 いかにも亜姫らしい答えだった。麗華は苦笑する。

 

 「それは、黒田と一緒に過ごす未来が見えないってことなんじゃない?」

 「確かに、ただのお友達だと思ったほうが気持ちが楽だなぁ…。

 一緒に仕事をしたりする姿なら想像出来るんだけど。そもそも、付き合うってことをまだ考えられないし…。うん、そうだ。黒田には正直にそう伝えることにする!」

 「そうね。……で?和泉には返事しなくていいんだっけ?」

 亜姫は小さく頷く。

 「和泉に言われたのは、どう思ったの?」

 「すごく、驚いた。けど、嬉しかった……かな」

 「なんで嬉しいと思ったの?亜姫は、和泉をどう思ってる?」

 

 亜姫はまた暫く考えていた。

 

 「………和泉は、一緒にいて楽しいと思っていたから……かな。和泉も楽しんでくれてたのかな、って……それが嬉しかった。

 和泉は……すごく優しい。それに、思っていたより色んなことを考えてる人なんだなって……。

 和泉が笑ってるのを見ると、すごく嬉しくなる」

 「変わらず今まで通り、って言われたんだっけ?それはどう思った?」

 「嬉しかった。今ね、一緒に仕事してるのがスゴく楽しいの。和泉もそうなんだって。だから、最後まで楽しいまま終えたいなと思った」


 亜姫にとっては、今まで通りに仕事を続けることが何よりも大事らしい。

 ならば和泉の提案通り、変わらず過ごせばいいのでは?と麗華はアドバイスした。

 

 

 最近、和泉の話をする亜姫は嬉しそうだ。

 嬉しい楽しいとずっと言っていることに、亜姫は自分で気づいていない。今もそうだ。和泉に対する興味の形が明らかに変化している。

 

 ただ、今の和泉になら……。

 そう思い、麗華は自然の流れにまかせてみることにした。

 

 

 

 ◇

 和泉は思わぬ形で気持ちを伝えることになってしまったが、自分の行動にも伝えたことにも後悔はなかった。

 

 あの時。

 亜姫に笑ってほしい。

 それしか考えられなかった。

 そして、今の関係を壊したくなかった。

 

 「バカだな」

 戸塚とヒロが声を揃えて言う。

 

 あれから数日経って、二人に告白したこととその経緯を話している。それに対する返事がこれだ。

 

 「なんでだよ。伝えられたことは褒めてくれねぇの?」

 和泉は、なぜか楽しげに笑う。

 「なんだよ今まで通りって。返事もいらねぇ、付き合う気もねぇ、その上恋敵のフォローまでして、それがバカじゃなきゃ何なんだ。

 お前、それでもし黒田と亜姫が付き合い始めたらどーすんだよ。呑気に笑ってんじゃねーよ!」

 ヒロが呆れ果てて、手に持つパンを投げつける。

 「そうなったらしょうがねえよ、それを決めるのは亜姫だから」

 「バカ野郎、せめて同じように俺のことも考えてって言えよ!!」

 

 基本的に笑っているヒロが自分の為に怒るのを見ると、和泉は胸がムズムズするようなくすぐったいような気持ちになる。

 ヒロは怒りながら投げつけたパンを拾い、荒々しく袋を開けてムシャムシャ食べ始めた。その様子がおかしくて、和泉は笑う。

 

 ヒロとは対照的に戸塚は冷静だった。

 「黒田の告白を聞いて、和泉は焦らなかったの?」

 「そんなこと、考えられなかった。あの時は亜姫の事しか頭に無かった」

 「……今は?焦りはないの?黒田になんて返事したかは知らないんだろ?」

 「そんなの聞いても仕方ないし、焦ってもしょうがねぇよ。ちゃんと考えてみる、って言ってたから出した答えがあの子の意思だろ。

 亜姫の事だから、黒田の気持ちも真剣に受け止めてるとは思う」

 「和泉。なんで今まで通りがいいなんて言ったんだよ、わざわざ言わなくてもよかったじゃん」

 「………俺の望みが、それだったから」

 「なんで?つきあうチャンスだったのに。今の亜姫が和泉に不快感を持ってないのはわかるだろ?自らその道を潰す必要はなかったんじゃないの?」

 「つきあうなんて無理だよ。

 今の形が続けばそれでいい。……今の関係を、失いたくない」

 「……なんだよ、それ。まさか、今更また怖じ気づいてんじゃねぇよな?」

 

 まだ怒っているヒロと、心配する戸塚。

 

 二人はずっと応援してくれた。彼らには、嘘もごまかしも言いたくない。和泉は、言葉を選びながら胸の内を吐き出した。 

 「一緒に話をするようになって、亜姫の事を知れば知るほど……俺じゃ、亜姫を幸せに出来ないってわかったんだ。

 亜姫は、汚れてない。なんつーか……中身が、すごく綺麗。

 過去も知った上で、俺のことも悪く言わない。逆に気遣いすらしてくれて。

 すげー嬉しいし、ありがたいなって思う。亜姫に言われると、自分が意外とマトモな人間なのかなって思っちゃったりする。

 でもさ、それは友人ならの話だろ。

 あんな純粋な子に、俺の過去は…やっぱり無理だよ。つきあうなら、そこは絶対引っかかってくる。俺が変われても……そんな俺を、亜姫が認めてくれたとしても。してきたことは変わらないし消えないんだから。

 俺、今回よくわかったんだ。

 亜姫にはマジで惚れてるし、他のヤツに取られるのは苦しいとも思う。けど…………俺は、亜姫にずっと笑っててほしい。

 一番の望むことはソレなんだって気づいた。

 俺と付き合ったりしたら、亜姫はいつか笑えなくなる。……亜姫まで汚しちまう。それは嫌なんだ。

 今、亜姫があの笑顔を俺に向けてくれてる。心を開いてくれてる。

 これ以上の望みなんてねぇよ。

 だから、せめて今の関係を守りたかった。

 ……………これだけは、絶対、失くしたくない」

 

 静かに、しかし強い決意を滲ませて。

 そんな和泉の言葉を二人は黙って聞いていた。

 

 「……和泉。係の仕事はもうすぐ終わるよ?この先、今みたいに話が出来るとは限らないってわかってる?」

 「わかってるよ」

 「亜姫の隣に他の男がいるようになって、お前が近づく事も出来なくなるかもよ?」

 「わかってる」

 「……いいのかよ、それでも」

 

 和泉は返事をせず、少しの間考えていた。

 

 「………俺さ……自分が思ってたよりも亜姫のことが好きみたい。

 俺がどうしたいのかをずっと考えてきたけど、実際に亜姫を知ったら……もう、亜姫の幸せしか考えられないんだよ。

 あの子が笑っててくれるなら、そばにいるのは俺じゃなくていい。今は、本気でそう思ってる。

 今回、亜姫が俺の気持ちを笑って受け止めてくれて、俺が望む通りに変わらない関係を続けてくれてる。それがたまらなく嬉しい。

 俺が苦しいとか切なくなるっていうのは、あの子が幸せでいることとは別の話だ。

 お前らにはずっと応援してもらったのに、申し訳ないけど。こう思えるようになれたってことに、俺はすごく満足してる。

 それでも……凹んだ時は、また世話になるわ」

 

 和泉は穏やかな顔で微笑んだ。

 その顔は妙にスッキリしていて、ヒロ達も頷くしかなかった。

 

 そしてこの日から、和泉は亜姫の話をしなくなった。

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