第25話 告白

 ある日。

 和泉が教室へ戻ると、亜姫が先に倉庫へ向かったと聞かされた。何かやらかしてないか気になり、和泉は急ぎ足で向かう。

 すると、倉庫までもう少しというところで誰かの話し声。

 

 男?と、亜姫の声…?

 

 ボソボソ聞こえる声が楽しそうには聞こえず、和泉は気配を消して静かに近づいた。

 近づくにつれ、話している内容がハッキリ聞こえるようになってくる。

 

 「──のことが好きなんだ。俺と付き合ってほしい」

 

 告白。

 

 亜姫の驚く声が聞こえた。

 

 もう扉は目の前、だがこのタイミングで入るのは憚られる。しばらく別の場所にいるべきか…と向きを変えた時、部屋の空気が変わった。

 妙な緊張感に包まれたのを感じ、和泉は息を潜めて様子を窺う。

 

 「ずっと好きだった。…橘、なぁ……」

 「やっ……離して!」

 

 亜姫の切羽詰まった声を聞き、和泉は迷わず扉の前に立った。

 

 中では同じクラスの黒田が亜姫の腕を掴み、引き寄せようとしているところだった。亜姫が怖がって涙ぐんでいる。

 

 存在を知らせるようにコン…と扉を叩き、和泉は静かに告げた。

 「怖がらせたら、ダメじゃない?」

 

 黒田は和泉に気づくと慌てて手を離し、

 「へ、返事はスグじゃなくていいから!」

 そう言い残して、逃げるように倉庫から飛び出した。

 

 

 「大丈夫?…ジャマ、しちゃった?」

 和泉が優しく声をかけると、 

 「う、ううん…どうしていいかわかんなかったから…ありがとう」

 亜姫は力なく笑う。そして、

 「聞こえてた…よね?……初めての告白、されちゃった」

 声を震わせながら、亜姫はヘヘッと笑った。 

 

 「……憧れてたんだろ?告白」

 「うん…。黒田がそんな風に見てくれてたなんて、知らなかったけど……」

 言いながら、掴まれた手を何度もさする亜姫。

 

 黒田は大人しい雰囲気の小柄な男子。ああいう告白をするのも、力を使って迫るようなやり方も意外だった。

 だがいくら小柄でも男だ、力は亜姫より強い。和泉がいなかったら、あのまま強引な行動に出ていたのだろう。

 

 そして、亜姫はそれに怯えた。

 

 「初めての告白かぁ…。ちゃんとお返事、しなくちゃね……」

 

 自身へ言い聞かせるように呟く亜姫の体が、小刻みに震えている。

 和泉は無言のままゆっくり近づいて亜姫の前に立ち、その肩をそうっと抱き寄せた。

 

 「え……?」

 「顔、こうしたら見えないから」

 「和泉…なに、を……」

 「怖かったんだろ?…声も、体も。震えてる」

 

 亜姫の体が強張る。和泉は、その体をもう一方の腕で更に優しく包み込んだ。

 

 「俺からは顔、見えねーから。教室に戻れば、また黒田と顔合わせるだろ?今、気持ちを吐き出しとけ。

 ……泣いてもいーよ。これなら万が一黒田が戻ってきてもお前の姿は見えないし。手も出せないから安心しろ。我慢すんなよ、な?」

 

 優しく背中を撫でてやると息を呑んだ音がして…亜姫は声を殺して泣き出した。

 時折、小さな声が嗚咽と共に漏れ出る。その声に切なくなって…ほんの、ほんの少しだけ、抱きしめる力を強めた。

 

 「黒田も、つい気持ちが昂ぶっちゃったんだよ。普段はそんな感じじゃないだろ?大丈夫だよ、大丈夫」

 恋敵になる相手をフォローするなんて、自分に呆れたけれど。少しでも亜姫の気持ちがほぐれますように…と、強く願った。

 

 その後は何も言わず、ただ震える背中を撫でていた。

 

 

 

 ◇

 「ありがとう…もう、大丈夫」

 腕の中から小さな声がして、和泉は力を緩める。

 

 真っ赤な目をした亜姫が、和泉を見上げて小さく笑った。

 「ごめんね。服、濡らしちゃった」

 「いーよ、気にすんな。……落ち着いた?」

 震えがだいぶ前に止まっていたのは知っている。

 「うん。泣いたらだいぶスッキリした。ありがとう」

 

 力なく笑う姿が痛々しい。しかし亜姫は仕事をしようと和泉に背中を向ける。

 

 「和泉、ありがとね。………考える。ちゃんと黒田のこと、考えてみる。私のこと好きだって言ってくれる人がいたんだもの、喜ばなくちゃ。

 初めて告白された、記念すべき日に…なるんだもんね。嬉しい一日に…なる、ハズ……」

 

 自身へ言い聞かせるように繰り返す亜姫。

 楽しみにしていた憧れの瞬間が訪れたというのに、亜姫は全然喜べていない。

 

 その様子を見ているのが辛くなった。

 あの亜姫が、笑わない。

 

 自分には関係ないのに。

 和泉は、見過ごすことが出来なかった。

 

 「亜姫」

 思わず、名前を呼んだ。


 振り向いた亜姫を見たら、無意識に口から零れでた。

 「好きだ」


 亜姫が目を見開く。

 その目を見ながら、和泉は再度伝えた。

 

 「俺は、亜姫が好きだ」

 「な……に、言って………」 

 

 真っ赤になって固まる亜姫を目にしたら、妙に冷静になった。和泉はフッと笑いを零す。 

 

 「前に、好きな子がいるって言っただろ?あれ、亜姫のことだよ。……ずっと前から、好きだった」

  

 そこで黒田と同じ言い回しをしたことに気がついて、苦笑する。

 

 「黒田が言ったからって、慌てて真似してるんじゃないよ?……もともと、お前に伝える気はなかったんだ。困らせるだけだってわかってたから。

 今日はさ、亜姫にとっては憧れの記念日になるハズだろ?あんなに楽しみにしてたのに、男が怖いと思った日になっちゃうなんて悲しいじゃん。

 今日は、初めての告白を…二人からされた日にしろよ。そんな体験すること、なかなか出来ないだろ?」

 

 しかけたイタズラが成功した、と言いたげに和泉が笑う。亜姫はつられて笑ってしまった。

 

 「スゴい記念日になっちゃう」

 「だろ?黒田だって、ホントは気持ちを伝えたかっただけで、怖がらせるつもりはなかっただろうし。そうやって、ちゃんと笑える日にしないとな」

 「あ、あの…黒田より、和泉の方にビックリしちゃったけど……」

 

 亜姫は赤い顔のまま、少し困ったように笑う。

 

 「あー、うん。ホントにさ、言うつもりはなかったから。俺のことは気にしなくていーよ、お前が困るってわかってたし。つきあうなんて全く考えてない。

 ……でも、好きなのはホント。それだけは、まぁ、知っててよ。

 返事もいらねーし、俺は今まで通り、この仕事を楽しみたいと思ってるから。

 でも、お前が嫌だっつーなら……あんま関わらないようにするから。それは我慢しないで言ってもらえた方が、気は楽だけど」

 「嫌じゃないよ!そんなこと、全然思わない!」

 「……そう?じゃ、やっぱり無理って思った時はちゃんと言って?

 それ以外は今まで通りにしてもらえると、俺も助かる」

 「うん……」

 「や、だからそーいう微妙なの、やめようぜ。

 やっぱ、なかったことに…は、して欲しくないんだけど…。うーん、失敗したかな……」

 

 今度は和泉が困り始めて、唸っている。

 亜姫はなんだかおかしくなって、笑ってしまった。

 

 「失敗って…そんなことないよ、嬉しかった。ありがとう!

 ゴメンね、こういうの初めてでどうしたらいいかわからなくて。今はありがとうとしか言えないんだけど…。

 でも、とりあえず今まで通りでお願いします!」

 

 

 亜姫が気持ちを汲んでくれたと、和泉にはよくわかった。

 

 亜姫が笑っている。

 自分の気持ちを受け止めてくれた。

 

 それだけで和泉は充分だった。

 

 

 そのまま、いつも通り仕事をして。

 それきり、その話にはならなかった。でも、変わらず楽しい時間を過ごせたことにお互いがホッとしていた。

 

 

 この翌日、亜姫は黒田から謝罪を受け告白の返事も済ませている。

 和泉のおかげで、亜姫にとっては希望より遥かに思い出深い記念日となった。

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