第20話 同じ係(2)

「ヒロ、戸塚。ちょっと」

 亜姫達がいない時を見計らい、麗華が二人を呼び出した。

 

「確認しときたいんだけど。和泉……亜姫に手を出したりしないわよね?」

 

 突然出た問いに、二人は顔を見合わせた。

 

「いきなり、何の話?」

「亜姫達が噂になり始めてる。あんた達も知ってるでしょ?

 和泉の周りをうろつくハイエナみたいな奴らは、いつ何をしでかしてもおかしくない。そこに、関係ない亜姫を巻き込むのはやめてもらいたいの。今はまだあの子が何も気づいてないし実害もないけど、それも時間の問題よね。

 それに、和泉の女癖の悪さ。気になるのは当然でしょ? 校内限定で短時間にヤり捨てる、それを繰り返してたのは有名なんだから。

 それが噂の起因になってるって、あんた達も気づいてるわよね? 

 そんな奴と人気の無い場所で二人きり。絶対に何も起こらない……なんて、誰も思わない。

 私、あんた達だけは多少信頼してるけど……そもそも男は信用できないから。特に和泉なんて論外よ。女を使い捨てのコマか性欲処理の道具にしか見てない、そんな奴が「更生した」なんて信用出来るわけないじゃない。……あんな奴のせいで亜姫が傷つくのは、絶対に許さない」

 

 辛辣で一方的な言い方だが、大半は事実なので反論出来ない。ヒロ達は思わず苦笑する。

 

 だが。麗華は厳しい考え方をするが、一方的に自分の考え方を押しつけたり、偏見でモノを言ったりはしない。 

 むしろ対面した相手が自分と違う意見でも、それを理解し受け入れようとする懐の広さを持ち合わせている。それは例え嫌いな相手でも同じだと、ヒロ達は知っている。

 自分に害をもたらしたり身勝手に踏み込もうとする者には冷たいが、自ら侮言ぶげんを口にする事は無い。ましてや、わざわざ暴言を吐きに来るなど有り得ない。

 その麗華がこんな物言いをするのは、それだけ噂が看過できない状態にあるということだ。

 

 その噂とは──校舎端の倉庫で、亜姫と和泉が関係をもっているのでは……というものだった。

 それが和泉のせいであるのは明らかだ。

 

 しかし、ヒロ達は断言した。

「和泉が亜姫に手を出すことは、絶対にない」

 

 麗華は胡乱な目を向ける。

「何を根拠に?」

「和泉、今は女と話さないって言ったろ? 女そのものにうんざりして関わりを絶ったんだよ。むしろ今の方が拒否感は強くなってる。

 そもそも今までだって、和泉から手を出したことは一度もない」

「ヒロ達の言う『女』の中に、亜姫は含まれないでしょ。それは理由にはならない」

 

 妙に決めつけた言い回しをする麗華。そこに違和感を持った戸塚は逆に問う。

「なんでそう思うの?」

「和泉が亜姫を好きだから。他の女とは違う」

 

 突然核心を突かれて、二人は目を見開いた。

 

 その様子を見た麗華は深く息を吐き出す。

「やっぱりね……」

「お、い……っ! カマかけたのかよ!?」

「そうね。でもほぼ確信してた」

「ちょっ……待って! それ他に知ってる奴は?」

 慌てるヒロと戸塚。

「私しか知らない。他に言うつもりはないし、今のままならバレることもないと思う」

 そう前置きして、麗華は二人に話をした。

 

 亜姫から聞いた話。

 和泉が亜姫を見ていること。

 そこに懸念を感じていること。

 頭ごなしに反対する気は無く様子を見ているが、何かあってからでは遅い。だから、今のうちに裏付けを取っておきたい。

 私が亜姫を想うように和泉を大事に想うのなら、本当の事を教えて。

 

 そう言う麗華に、二人も腹を括る。ここだけの話だと前置きしたうえで、

「和泉は本気で亜姫に惚れてる」

 そう告げた。

 そして大まかな話をした上で、

「──だから絶対に、和泉が亜姫を傷つけたり手を出したりはしない。俺達が保証する。頼むから見守ってやってくれ」

 と、麗華に頭を下げた。

 

 まさかとは思っていたが、やはり。いや、予想以上に和泉が本気と知り、麗華は驚いた。

 とは言え、急に和泉を信用するなんて無理だ。都合よく解釈されて勝手な動きをされても困る、だから亜姫のことは言わないつもりだった。

 だが、これが和泉の初恋でそこには純粋な気持ちしか見当たらないと聞き……麗華は考えを改める。

 

「亜姫はまだ恋を知らない。ときめきが何かすらわかってない。でも……あの子には幸せな恋をしてもらいたいの。私から見たら、和泉なんて一番近づかせたくない男よ。

 だけど亜姫も……和泉には興味を持ってる」 

「マジかよ!」 

「誤解しないで、恋とかじゃないから。少なくとも、今はまだ。……ただ、あの子が異性の事を口にしたり気にしたりするなんて今までなかった。

 亜姫が自分で気づくまで、私は何も言わない。でもこの先芽吹く気持ちがあるなら、人の悪意や欲で潰されたくない」

「それは俺らも同じだよ。ただ、応援したいんだ。

 和泉が以前と違うのは麗華にもわかるだろ? あれさ、全部亜姫を想う気持ちからきてるんだ。

 してきた事は変えられないけど……せめて亜姫に顔向けできるように、二度とあんな顔されないように変わりたいって……和泉はずっと頑張ってる」

「だからって、すぐ信用は出来ないけど……。

 ヒロも、もう余計な真似はしないで。次に小細工したら、どんな手を使っても引き離すからね」

 

 係の交代を責められ、ヒロは苦笑しながら頷く。

 

「なぁ、麗華。こんなに人や物が溢れている中で、和泉が唯一欲しいと思ったモノが中身も知らずにほんの一瞬見ただけの子で……それがあの純粋な亜姫だったって……そんで、あの亜姫も和泉にだけは唯一特別な興味示してるって……上手く言えねぇけど、運命なんじゃないかって思いたくならない?

 和泉、亜姫の事を好きで好きでたまらないのに、付き合うとか手に入れたいなんて微塵も考えてないんだ。自分は亜姫には相応しくない、亜姫がずっと笑ってて、それをたまに見られればそれだけでいいって言ってた。

 何があろうと亜姫を好きでいたいって、それだけは諦めたくないって、最近ようやく言えるようになったところなんだ。

 あいつ、今は一緒に仕事するだけでいっぱいいっぱい。未だにまともな会話なんて出来てねぇし。

 お前にも見せてやりてぇよ、亜姫のことを話してる時の和泉の姿。あれ見てたら、麗華も絶対に和泉を応援したくなる。見る目、変わると思う」

 

「麗華、信じてないだろ? でも、ヒロが言ってることは全部本当。

 あの和泉が、亜姫の話をしてる時だけは笑うんだよ。ほんの小さな出来事に喜んだり、すごく落ち込んで情けなくなったりしてんの。

 いつか笑いかけてもらいたいって夢見てて、なのに実際に亜姫が目の前に立ったらこんな近いの無理だって顔も見ずに逃げだして、無理だ好きすぎて死ぬ……って頭抱えて小さくなってたんだよ?

 同じクラスだってわかった日は一日放心状態で、初めて話した日は信じられないってひたすら夢見心地でさ……。

 それでも、未だに亜姫との未来なんて考えてないんだ。自分が誰かを好きだなんて言う資格がないって凹んでた時は、俺達の方が泣きそうになったもん。

 それでも、ようやく亜姫を好きで諦めたくないって言えるところまで来たんだ。このまま、手に入れたいと思えるとこまでいかせてやりたいって思っちゃうんだよ。

 余計なことをするつもりはない。けど……亜姫の幸せばかり考えて笑う和泉を、応援ぐらいしたっていいだろ?」

 

 ヒロと戸塚が優しく笑う。

 

「俺達は今のままの亜姫と和泉、両方を守りたい。他の奴に邪魔されたくない。だから、麗華も協力してくれよ」 

 

 友を想う気持ちは同じ。

 あの二人がどうなっていくかは長い目で見ることにして、外部からの余計な絡みはこちらで出来るだけ排除していこうと秘密裏に決めた。

 

 

 その翌日。琴音が亜姫の元へやってきた。クラスが分かれてから会うのは初めてだ。 

「亜姫、すっごい噂になってるんだけど。真相、教えなさい!」

「え? 何のこと?」

 

 聞けば、和泉と倉庫に行っている事だと言う。

 

「まさかとは思うけど……つきあってんの!?」

 琴音の問いに亜姫は驚き、即座に否定する。 

「結構な距離を二人っきりで何度も往復してるんだって? あんたがやたら楽しそうだって言うし……一体、どんな話をしてんの? 和泉は女と話さないって有名なのに!」

「うん、話さないよ?」

 

 勿論その通り、といった様子で亜姫は笑う。

 

「特にこれといった話はしてないよ、仕事で必要なことを確認するぐらいかな?……あれ? よく考えたら、それも私が聞いた時だけだなぁ? あ、たまに一言返事をくれる」

「はぁ? じゃあ、移動中は何してんの?」 

「ただ歩いてる……だけ、かな? んー? 何回か、ちょっとしたことを話した気もするけど……私が何か聞いたのかなぁ? あんまり覚えてないな……。

 琴音ちゃんから彼は話さない人だって聞いてたでしょう? だから、全然気にしてなかったかも」

 亜姫はいつもの調子でヘラリと笑う。

 

 緊張したり、和泉を意識したり、無言が怖いと思ったり……そういう事はないの?

 ときめかない? 迫られたりしない? 逆に、居心地悪かったりは?

 

 琴音が矢継ぎ早に畳み掛けるが、亜姫はのほほんとしている。 

「えぇ? そんなの、考えたことがないよ。うーん、別に何とも思わないなぁ……。でも、普通に楽しいけど?」

「それのどこが楽しいのか、さっぱり分からないんだけど」 

 理解できない返答の連続に、琴音はとうとう笑い出した。その隣で麗華も苦笑している。

 

 こんなことが噂になっちゃうんだ。イズミとやらってやっぱり有名人なんだなぁ。

  

 亜姫が呑気にそう考えていると、琴音がまた問いかける。 

「で? なんか新しい情報とか無いの? 実際に和泉を知った感想は?」

「すごく大きかった! 腕も長くてね、棚の上まで届くの。そのおかげで、欲しい物が簡単に取れてすごく助かってるよ」

「は?」

「あ、あとね! やっぱりつまらなそうな顔してるよね。でも、表情筋のことを謝ったら気にしてないって許してくれた」

「あんたね……」

「基本は話さないけど、何か言えばちゃんと聞いてくれてるし感じは悪くないよ。

 前に琴音ちゃんが言ってたよね? 一緒に係をやりたい人が沢山いるって。大丈夫! どの子でも、充分楽しめると思う!!」

「誰がリサーチしろって言ったのよ! そんな感想聞いてない!」

「えぇっ!? じゃあ、何が知りたいの?」

「亜姫が和泉をどう思ってるのか? 皆、そこを知りたいわけ!」

「マジメに仕事をする、意外といい人!」

 

 迷いなく即答した亜姫に、琴音は脱力した。そして「もういいや……」と呟き、噂は絶対有り得ないと否定しておく……と肩を落として帰って行った。

 

 この時、実は亜姫が一つだけ言わずにいたことがあった──言わずにいたのではなく、亜姫自身が気づいていなかった──のだが。

 

 和泉が笑うのを見た人はいないと言うが、亜姫は彼が微笑む程度に笑うのを何度か見ている。

 なぜ笑っているのか亜姫にはわからないのだが、それを見た時に少し嬉しくなる。

 そして、その事は誰にも話さず自身の胸の内に留めている。

 

 亜姫は、この全てに気づいていなかった。

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