第17話 新学期(2)
この時期は新しい事だらけで、毎日があっという間に過ぎていく。
毎日ウキウキと過ごす亜姫だったが、未だにお詫びとお礼をしていないことが気になっていた。
「でも、言うタイミングが無いんだよねぇ…」
「それ、まだ気にしてるの?一応伝えたんだし、今更言う必要はないんじゃない?」
麗華はあまり気にしてないようだ。
「言える距離にいるのに、人伝に言っただけでおしまいだなんて失礼じゃない?
知らない人なのに勝手に「笑え」なんて上から目線で意見しちゃったし。キーホルダーなんて目の前にいて直接渡してもらったのに、お礼を言ってないんだよ?」
些細な事であっても、お礼などの挨拶は直接顔を見てするべき。
そういう考えで生きている亜姫にとって、これは一大事だ。
「笑わないアイツをどう思おうが、そんなの亜姫の自由でしょ?文句を言ったわけじゃないし、亜姫は止めたのにヒロ達が面白がって勝手に伝えただけでしょう。
それに、言ったのが亜姫だってことを知らないかもしれないわよ?」
「あ、そうか…」
「キーホルダーの時だって、亜姫はお礼を言おうとしたのに向こうがさっさと立ち去ったんでしょ?女を避けてるっていうから、話しかけられたくなかったんじゃないの?」
「あー、そうかもしれないねぇ…」
「そもそも和泉の好みと亜姫は違いすぎてるもの。あっちからしたら、興味無さすぎて亜姫が誰かもわかってないんじゃない?」
「そうかなぁ…?」
面倒くさそうに聞いていた麗華だったが、そこで話を止めてジロリと亜姫を見た。
「なに?何かあるの?」
鋭い。さすが麗華。
亜姫は上手く説明する自信が無くて誤魔化そうとも思ったが、何かと敏感な麗華にそんなことは通用しないと早々に諦めた。
「少なくとも、キーホルダーは私のだとわかってる……と思う」
「なんで?」
「あの時、目の前に立ったし。ヒロに名前も呼ばれて…」
「顔、見たの?」
「私は手元しか見てなかったから、こっちを見てたかどうかはわかんない。私も、後ろ姿をチラっと見ただけだし…」
「それじゃあ、わかったとは言えないじゃない。
…亜姫?アンタ、なにか誤魔化してない?何を隠してるの?ちゃんと言って」
麗華の声が冷たい。
危なっかしい行動が多いくせにやたら楽観的で同じ事を繰り返したりする亜姫は、昔からこれでもかと叱られてきた。なので、こういう声を出した麗華には絶対に見逃してもらえないとわかっている。
亜姫はチラリと顔色を伺い、小さな声で呟いた。
「何回か、目が合ってる。と思う……」
「は?どこで?」
麗華の声が更に低くなった。亜姫は少し肩をすぼめる。
「………この、教室の中で」
頭の中にある色んな事をまとめようとしながら、亜姫は話し出した。
最初は、直接言おうと彼を気にかけていた。
しかし何度見ても、基本は寝ているか誰かがそばにいるかその周りを異様な空気が包んでいるかで、彼と話す機会なんて微塵も無く。数日経つと、同じクラスだし機会なんてそのうち来るだろうと気にしなくなった。
その頃だっただろうか。ふと見た先に、彼の顔があった。
教室の端と端ぐらいの距離。たまたまこちらを向いているだけかな、と思った。その時、初めてイズミとやらの顔をまともに見た。
琴音ちゃんが言ってたのと同じ特徴。
確かに綺麗な顔をしてる。
でも…やっぱり、スゴくつまらなそうな顔。
そう思ったのはほんの一瞬で。次の瞬間には、イズミとやらはもう机に突っ伏していた。
この時は、やっぱりあの顔なんだと思っただけだった。
しかし、ふとした折にまたこちらを向く顔を見た。
やはり離れた距離なのに、この時は「見られている」と思った。
そして、変わらずつまらなそうな顔なのに…瞳に力があった。それを見て、この人の目も何かを写したりするんだな…と妙な関心を持った。
それから何度か同じことがあって、今では確実に目が合っていると感じている。
彼の瞳には、自分が写っているんじゃないかと。
相変わらず表情が無いのに、意思を持っているとわかる目つき。その目の中に見える熱さに、亜姫はものすごく興味を惹かれていた。
いつ見ても、やたらつまらなそうで抜け殻みたいなのに。彼がこんなに力強い目をする理由はなんだろう。知らなかっただけで、彼は普段からこうなのだろうか。
そう考えていくうちに、何故自分が見られているのかという疑問に行き着いた。
そこまで聞いた麗華が聞く。
「その疑問の答えは……何だと思ってる?」
亜姫は少しだけ考える。
「やっぱり…拾ってやったのに、お礼一つまともに言えないのかよ…って思われてるんじゃないかなぁ?
もしくは、表情筋の話を余計なお世話だって思ってる…とか。
どちらにせよ、私がしちゃったことで何か言いたいことがあるのかな…。うーん………それ以外、思い当たらない」
スグにでも話をしに行った方がいいんじゃないだろうか?
そんな苛立ちを表に出せるほど熱い感情を持ってる人だとしたら。本当は挨拶を大事にしてる人だとしたら。今の自分はすごく失礼ではないだろうか?
真剣な顔をして、そう心配する亜姫。麗華は表情を崩さず、亜姫をジッと見つめる。
「もしかしたら、そうかも知れないけど。
でも、亜姫。今の和泉を取り巻くあの空間に、わざわざそれを伝えに行ける?下手したら、和泉に取り入ろうとしてるって勘違いされて、周りから攻撃されるわよ?そこまでして言わなきゃいけないとは思えないけど?
向こうが挨拶しろって言ってきたワケでもないんだし、タイミングが合った時に言えばいいんじゃない?それとも、彼の視線が気になって仕方ない?」
「ううん、普段は全然気にならない。目が合ったのもほんの数回だけだったし。
それに…あんな状態の中で声かけたら、それこそ嫌がられちゃいそう。
うん、そうだね、話す機会があったら言うことにする。その前に何か言われたら、その時はちゃんと謝ればいいんだもんね」
麗華に話すことでスッキリした亜姫は、和泉からの視線をこれ以降深く考えることはなくなった。
反対に、麗華は和泉への警戒心を募らせることになった。が、それを亜姫には一切悟らせなかった。
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