高2

第16話 新学期(1)

 「和泉!!」

 ヒロが嬉しそうに和泉を呼ぶ。その隣には、同じように笑う戸塚。

 「また一緒だな」

 「あぁ」

 

 二人の顔を見て、和泉の気持ちが少し綻んだ。

 

 

 この日、和泉は朝から憂鬱だった。

 なぜなら。

 進級や進学に伴うクラス替えの時は、普段以上に多数の目が自分に向くからだ。様々な思惑が乗った視線と身勝手な接触を一身に受けるこの時期は、毎年煩わしくてたまらない。

 

 クラス替えを楽しみにしたことなど一度もない。誰がいてもいなくても鬱陶しいのは変わらず、毎年同じことが繰り返されるだけ。なので、この時期はひたすら机に突っ伏している。それが、煩わしさから逃れられる一番いい方法だったから。

 

 この日も例に違わず時間ギリギリに登校した。誰もいなくなった昇降口で、張り出されたリストから自分の名だけを確認する。そして、これから起こるであろう鬱陶しさに辟易しながら新しい教室へ向かった。

 

 だが教室へ入った途端ヒロ達の声を聞き、少し気分が上がった。

 来年はクラス替えがないし、コイツらとずっと一緒か。

 ………いいかも。

 

 「和泉、よかったな!」

 二人のやたら高いテンションにも、また少し気持ちが上向いた。

 

 そうなると、余計に多数の視線が煩わしくて。

 二人が楽しそうに話すのを横目に見ながら、和泉は早々に自分の席で突っ伏した。

 

 担任は、また山本だった。彼は何かと構ってくる割に不快感がない。その顔をみて、和泉はなんだかホッとした。

 変わろうと藻掻いている中、少しでもいい環境を保てるのはありがたい。あとは周りをできるだけ遮断して…。

 山本が点呼を取る中、そんなことをボンヤリ考えていると。

 

 「──ば─あき」

 「はい」

 

 聞こえてきた声に、和泉は顔を上げた。

 自分が座る席は廊下側の一番後ろ。そこから、ゆっくりと室内を見回す。

 

 すると、教室のちょうど中央付近。そこに、黒髪で笑顔の子が座っていた。

 

 ………………………………………………え?

 

 

 

 「和泉!和泉って!おい、起きてんだろ!」

 バシバシと肩を叩かれ、気がつけば放課後になっていた。

 

 ニヤニヤと笑う戸塚とヒロ。

 放心状態の和泉を急かすようにして、二人は和泉の家へ上がりこんだ。

 

 「……………………………なんで?」

 リビングで昼を食べ始めて、ようやく和泉が口を開く。

 

 「おい、お前ホントに大丈夫かよ?魂抜けっぱなしなんだけど」

 「良かったな、亜姫と同じクラス!これで卒業まで一緒だよ」

 「……………………」

 呆然とする和泉を、ヒロが思い切りドつく。

 「いい加減しっかりしろって!朝イチで言っただろ、亜姫と同じクラスだって。やたら反応薄いと思ってたら、話を聞いてなかったのかよ?リストに名前が載ってただろ?」

 「……自分の名前以外、確認したことねぇし……」

 「はぁ?」

 「……クラス替えは、鬱陶しいだけだったから」

 

 その言葉に、二人が事情を察して苦笑する。

 

 「いや、それにしたってさ。亜姫とは同じ学年なんだから、この展開は有り得ただろ?」

 「そんなこと……全く考えてなかった。考えてたとしても、これだけクラスがあってそんな可能性があるとは思わねーだろ……」

 「マジかよ、俺は少し期待してたんだけど」

 

 ヒロが呆れた顔で和泉を見るも、彼は未だに衝撃から立ち直れてない様子。

 

 「おい?おーい?和泉?現実だからな?明日から卒業まで毎日、同じ教室に亜姫がいるからな?」

 「……いや、無理だろ……」

 「隣の席になるかもよ?」

 「……ムリ………」

 「同じ係とか、班とか」

 「……無理だって」

 「笑いかけてもらえる日、スグに来るかもな?亜姫、いつも笑ってるし」

 「…………………………」

 

 和泉はとうとう頭を抱えてしまった。

 「いや、無理だろ……俺、こんなの死ぬわ……」 

 

 ブツブツ言う情けない姿に二人が笑う。

 「これからは、どうしたって絡まなきゃいけない時が出てくるよ。もう、覚悟決めろ。次は逃げんなよ?」

 

 その言葉に、和泉はしばらく頭を上げることが出来なかった。

  

 

 

 ◇

 クラス分けのリストを見て、亜姫が喜ぶ。

 「麗華!また一緒!これで卒業まで一緒だね!」

 明らかに浮かれた様子で、麗華と共に教室へ向かう。

 

 ヒロ、戸塚も同じクラスだった。それ以外にも楽しそうな知り合いが沢山いて、亜姫のテンションはますます上がる。


 亜姫は新学期が好きだ。新しい季節が始まるというだけで、とにかくウキウキする。

 クラス替えもそう。

 「不安の方が多いじゃない。仲いい子と離れちゃう寂しさとか」

 と麗華は言うけれど、亜姫はそれよりも新たな出会いに期待する方が勝る。加えて、大好きな麗華とまた一緒だなんて。

 亜姫は踊り出したいぐらい浮かれていた。

 

 新しい席、新しい教科書、新しいクラスメイト。

 桜もキレイだし、天気はいいし、仲良しの子も沢山いるし!

 あ、担任は山セン!?好き!

 いいことが起こりそうな予感!

 

 そんな気分に満たされていた亜姫は、点呼の時にイズミとやらが同じクラスだと知った。

 

 あれ?同じクラスなんだ?

 あ、キーホルダーのお礼と表情筋のお詫びを、ちゃんと言わなくちゃ…。

 

 亜姫の席から見える範囲に、イズミとやらは見当たらない。休み時間にようやく姿を見たが、彼は机に突っ伏していて顔は見えなかった。

 

 亜姫は、クラス替えをした教室の空気が好きだった。皆が少し緊張して過ごす雰囲気が新しい始まりを感じさせて、心が弾む。

 しかし今日の教室はいつもと違い、異様なザワつきに包まれていた。浮き立っていた亜姫でもさすがにそれを感じる。そして、その原因がイズミとやらにあると気づいた。

 クラス内や廊下にいる人の視線が彼に集中している。特に女の子達から。

 そしてそんな状態を外巻きに眺める人達。

 不躾にも感じる数多の視線、ひそひそ話。

 接触のチャンスを狙っているのだろうと目に見えてわかる、何とも言えない雰囲気。

 

 ずっと、見世物にされてるみたい。

 

 これが彼の日常なのかと思うと、いつもつまらなそうな顔をしている理由が分かる気がする。

 その日イズミとやらの顔を見る機会はなかったけれど、今日も絶対つまらなそうな顔をしているんだろうな…と亜姫は思った。

 

 「あれじゃあ、笑えないかぁ…」

 麗華と帰りながら、亜姫は呟く。

 「それ、もしかして和泉の話?」

 「そう。教室の空気、変だったよね?いくら私でも、あれはわかるよ」

 「そうね。でも、いつもあんな感じよ?和泉の周りは」

 「疲れないのかな、あんな毎日」

 「さあ?慣れてるんじゃない?」

 

 慣れ?慣れていいものなんだろうか、あれは。

 慣れと言うより、諦め…?だから、いつもあの顔なのかな…。

 

 「また、顔が気になってるの?」

 麗華に聞かれて、亜姫はハッとする。

 「うん…どうしていつもあんな顔してるのかなって……」

 「何でそんなに気にするのよ、亜姫には関係ないのに」

 「うん、そうだよね……んん?どうしてだろう?」

 「和泉に、興味がある?」

 麗華は足を止め、真顔で亜姫を見つめる。

 「……麗華?」

 「亜姫がそんな風に誰かを気にし続けるなんて初めてよ?自分で気づいてる?」

 「そう…かな?」

 「そうよ」

 

 今までの麗華にはない真剣さに、亜姫はなんだかこの会話を続けるのが怖くなった。

 

 「ま、前にも話したでしょう?笑わない人がいるのが信じられない…って。だからだと思う。だって、そんな人、今まで見たことないもん」

 「和泉っていう男…が気になってるんじゃなくて?」

 「男として……?それはどーゆーこと?よくわかんない。

 イズミとやらの話を琴音ちゃんから聞き続けていたから、気になる機会が多かっただけだと思う。いつの間にか知り合いのような気になっちゃってたけど…言われてみれば、そもそも彼とは話したこともなかった」

 そう言って、亜姫は笑った。

 

 「……好き、とかじゃないわよね?」

 まだ足を止めたまま、麗華は真顔で問いかける。それには、さすがに亜姫も驚いた。

 

 「好き!?……それって、ときめくって言う好き?えっ!?ない!それは全然ない!この間、目の前で見たけど何とも思わなかったよ!?」

 

 疑うような眼差しを向ける麗華に、亜姫は逆に問い返した。

 「ねぇ、逆に聞きたいんだけど…ホントにたまーにつまらなそうって思って…会いたいとか付き合いたいとか思ったりもしたことない。だけど、何であんな顔なのかだけが時々気になる……これは、好きってことになるの?

 熊澤先輩なら会いたいし好きって思うけど、でもこれは恋愛の好きとは違う気がするし…。

 琴音ちゃんが好きな人の話をしてたでしょう?あの感じと、今の自分の気持ちが全然違うってことはわかるんだけど……」

 「アンタのそれは、好きとは言わないわね。熊澤先輩のは、家族への好きと同じでしょ?それとも違う」

 

 麗華はようやく表情を緩め、フッと笑った。

 「和泉はアンタの手に負える男じゃないから、ちょっと心配になっただけ。亜姫が相変わらずで安心したわ」

 そう言って歩き出した麗華はいつもと同じで、亜姫も笑って後を追った。

 

 そのまま話題は移り、麗華の好きな人の話になった。すっかり聞きそびれていたそれに食いついた亜姫は、家に着く頃にはこの話をすっかり忘れてしまっていた。

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