第14話 3月(1)
昼休みの外庭。
ザワつく声に琴音が「あ」と声を上げ、それまでの会話が中断する。
今日はいい天気で、亜姫達三人は青空ランチをしていた。その少し先にヒロ達の集団が通りかかったのだ。
琴音の視線の先に、周りより頭一つ分高い和泉の横顔が見えた。
琴音が、実物の和泉を前にしてソワソワと可愛らしい様子を見せている。
そこへ、ヒロが「何してんのー?」と声をかけてきた。琴音がすかさず「ランチしてるの!一緒に食べる?」と言葉を返す。
麗華が難色を示して静止を促すが、琴音は「和泉と直に話すチャンスなの!今だけ協力して!」と小声で麗華を制す。
彼らの方もなにやら言い合っていたが、結局戸塚とヒロだけやって来た。
「あーぁ、行っちゃった。せめて和泉だけは連れてきて欲しかったなぁ!」
琴音があからさまに残念がると戸塚が苦笑する。
「そんなことしたらアイツら全員きちゃうだろ。そうなったら、琴音が麗華に殺されちゃうよ?」
横では麗華が冷たいオーラを放っていた。琴音は肩をすくめて、ゴメンと口だけの謝罪をする。そしてすぐ切り替えたのか、
「あ!この二人ならどう?」
と、亜姫に聞いた。
「何の話?」
戸塚が聞くと。
「亜姫の好きなタイプを聞いてるの」
琴音の言葉に、二人は身を乗り出した。
「どんなタイプが好きなのか、ちゃんと考えなって言ってるのに。亜姫ったら、さっきから考えてるのに全然出てこないの」
「だってわかんないよ、そんなの…。んーと…一緒にいると楽しい人?」
「亜姫は誰といても楽しんじゃうでしょ。参考にならないわよ、それじゃ」
麗華が呆れた顔をする。
「あぁ、そっか……んー……あ!じゃあ、よく笑う人!!」
亜姫が絞り出した答えに、琴音がスグ反応した。
「じゃあヒロは!?」
「はぁ?俺?」
「だっていつ見ても楽しそうだし楽しませてくれそうだし、いつも笑ってるじゃん!亜姫と雰囲気も合ってるし。付き合ってみたら?ヒロも彼女いないでしょ?」
「そこに、俺の意思はないのかよ……」
予想外の展開に若干焦るヒロ。そのボヤキをスルーして、亜姫は彼をジーッと見つめる。
「……うん、ヒロは確かによく笑うね、いつも楽しそうだし!」
ニッコリと笑う亜姫へ、琴音が更に畳み掛ける。
「ホラ!ホントに付き合ってみれば?」
「付き合うって、何をするの?」
「いつも一緒に過ごしたり、お互いの事を一番に考えたり……とか」
琴音の説明を亜姫はフムフムと真面目に聞く。
「んー、私…いつも麗華が一緒だし、一番はまだおっぱいだから……ヒロは無理かなぁ」
「ちょ…何で俺、フラれたみたいになってんだ?しかもおっぱいに負けるってどーゆーこと?」
ヒロが苦笑する。
「あ…わかった、好きなタイプ!一緒におっぱいを共有出来る人!」
亜姫がポンと手を合わせ、目を輝かせた。
「男は皆、おっぱい大好物じゃん。条件にはならなくね?」
「違う!私がプルプルおっぱいを手に入れられるように応援してくれる人!」
力強く宣言する亜姫の胸元を、ヒロは無言で見つめる。
「………あぁ、まぁ、頑張れよ……」
「あっ、今ムリだって決めつけたでしょう!」
「決めつけてはいねーよ、思ったけど。それに、男は応援するより自分がおっぱいデカくしてやりたいって思うだろ」
「なっ……へ、変態!おっぱいをいやらしく言わないで!もー、ヒロと付き合うなんて絶対無理!」
「じゃあ、戸塚は?」
琴音の声に、亜姫は戸塚をジーッと見つめる。
「……口では応援してくれそうだけど、心の中ですごくバカにされそうだからヤダ…」
「確かに!亜姫、お前見る目あるわ!」
「なんだよそれ。それじゃあ、まるで俺の性格が悪いみたいじゃん」
不満そうな戸塚の横で、ヒロが腹を抱えて爆笑する。
「あ!じゃあ熊澤先輩は!?」
その声に亜姫の目が輝いた。
「好き!一緒にいて楽しい!先輩はおっぱいも応援してくれるし!」
「マジかよ、さすがだな。でも、先輩も心の中では笑ってるかもよ?」
戸塚が意地悪そうに言うと、亜姫は首を振りながら嬉しそうに笑った。
「ううん。笑ってはいたけど、普通に応援してくれたよ?相当に険しい道のりだと思うけど一生懸命頑張れ、って」
「先輩もムリだって思ってんじゃねーか!」
「私の気持ちを尊重してくれる所がヒロとは違うもん。熊澤先輩、好き!」
しかし、熊澤は理想の兄だという亜姫。
好きなタイプは、おっぱいを応援してくれる楽しそうな人。
結局、そう結論づけて話を終えた。
◇
「──だってさ。和泉。亜姫のおっぱい、応援してやれ。そしたら恋愛対象に入れるぞ」
「あと、笑える人がいいって。やっぱ、表情筋を鍛えた方がいーよ」
ヒロ達が笑いながらアドバイスを送る。
「何だソレ…どうやって応援すんだよ…」
和泉は呆れた。
あれから、亜姫の話をされても普通に楽しむようになった。
自分がどうにもならない間に、あの子が誰かのモノになってしまったら…その時はその時だ、自分の気持ちがそれで無くなるワケじゃない。
肩の力が抜けた和泉は片想いを純粋に楽しんでいた。もちろん、それを知るのはヒロと戸塚だけだ。
「俺と戸塚はフラれた。俺はおっぱいに負けて、戸塚は性格悪そうだからダメなんだって」
「おい、その言い方は誤解を招くからやめろ」
二人の軽口にも、普通に笑える。
「さっき、和泉も一緒に来ればよかったのに。皆で寄っちゃえばわかんなかったんじゃない?」
「いや、アイツらがっついてたし…何しでかすかわかんねぇから、行かせるわけにはいかねーだろ。他の男を近づけるってのも…それに、俺も…さすがに会うのはムリ…」
自信無さげに小声で言った後、和泉はボソっと呟いた。
「やっぱ、先輩は特別なんだな」
沈む和泉にヒロは呆れた顔を向ける。
「なに弱気になってんだよ。確かに特別かもしれないけど、亜姫は恋愛対象としては見てねーぞ?先輩はお兄ちゃんだからナイって言ってたし」
「いつ好きになってもおかしくはねーだろ。先輩がいい男なのはよくわかってるじゃん。
…あれが相手だったら、今の俺じゃ絶対勝てねぇよ。あー、先が長げぇ……」
「和泉、随分素直になったなぁ。つーか、ホントに変わったな」
ヒロが目を細めて和泉を見る。
「そーか?自分じゃあんまりわかんない。環境が変わって楽しくはなったけど」
「生活変えて随分経ったけど、全然ヤりたくならないの?」
「ならない」
「亜姫とは?」
「……会いたい」
ブハッと二人が笑った。
「ヤりたい、じゃねーのかよ!」
「実物のあの子にそんなこと思えない」
「亜姫の事ばっか考えてるクセに」
「それとコレは別だし……」
「さっき一緒に来れば会えたのに」
「……ムリ」
「早く告白しろ」
「ムリ」
「恋愛童貞」
「うるせぇ」
和泉はいつものようにちょっと不貞腐れる。
その姿が二人には面白くて。三人で過ごしている時は、このように揶揄って遊ぶ。
この先、和泉が亜姫と知り合える日が来ますように…と強く願いながら。
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