第2話 5月

 「お、来た来た。すぐ戻ると思ってたんだ」

 「腹減った、メシ行こーぜ」 

 教室へ戻ってきた和泉イズミを迎えたのは戸塚とヒロ。

 

 彼らは、制服が人気のこの学校に入学したばかりだ。

 

 落ち着いた雰囲気で、物腰柔らかな戸塚。

 朗らかで人懐っこく、いつも元気なヒロ。

 二人共、整った容姿で人目を引く。

 

 だが、ひときわ目立つのは和泉だ。

 185センチを超える長身。

 細身だけれどしなやかな体。長い手足。

 無造作に立たせた短髪は明るい栗色。

 造り物のように整った、涼しげな顔。

 特に中学からは、その美貌が近隣にまで知られていた男。

 

 彼は有名だった。

 いつも違う女とヤっていることで。

 

 

 

 「で?今日の相手はどーだった?三年だっけ?」

 「別に」

 「あの先輩、いつ見てもやたらエロいよな。興奮した?」

 「しない。面倒くせぇだけ」

 無表情の和泉は、携帯を見ながら気怠そうな返事を寄越す。

 

 ヒロが呆れながら不満を露わにする。

 「おい、ヤりたがってる奴がどれだけいると思ってんだ。そんな事言うなら代われよ俺と!」

 「いーよ」

 「簡単に言うんじゃねぇよ!出来るならとっくに代わってるって!

 あー、俺もヤりたい!ヤりまくりたい!なんならずっとツッコんだまま生活したい!」

 

 すると、和泉が顔を上げた。

 「……あんなの、何がいいんだよ?」

 

 ヒロは心底呆れる。

 「お前、それ…ヤりまくってるヤツが言うセリフじゃねぇわ…」

 

 やりとりを聞いていた戸塚が、苦笑しながら呟いた。

 「まさか和泉が女にもセックスにも興味がないなんて、誰も想像してないだろうなぁ」

 

 

 

 ◇

 「もう!また髪がボサボサ。ほら、座って」

 亜姫アキは、また麗華に怒られている。

 

 「いいよこれぐらい。誰も見てないし」

 「そう言う問題じゃないの!約束したでしょ、高校では身だしなみに気を遣うって」

 「うん。だから毎朝、シャワー浴びてるよ?」

 「これじゃあ意味ないじゃない。ちゃんと整えてきて」

 「はぁーい…」

 

 小学四年の時、麗華が転校してきた。

 初めて会った時、こんなに綺麗な人が存在するのかと亜姫は驚いた。自身を含め人の見た目など気にしたこともなかったが、まるでお人形の様な麗華を見た瞬間あんぐりと口を開けて呆けた。

 その顔に麗華が爆笑して、それからずっと一緒だ。

 

 「あの時の亜姫のアホ面、未だに笑っちゃう。顎が外れてるんじゃないかと思ったもの」

 麗華がクスクスと笑う。

 

 「麗華こそ。綺麗なお人形だと思ってたら、突然お腹抱えて笑い転げるんだもん。ビックリしたよ」

 「あんなに笑ったのはあの時が初めてよ。笑うことなんて滅多に無かったのに…ほんと、亜姫といると飽きないわ」

 

 麗華の家は、父親が早くに亡くなっていて女だけの三人暮らし。

 麗華はその美貌だけでなく、やたらと色っぽい。あまり高くない身長に大きな形のいいおっぱいと柔らかそうな手足がついていて、細いのに肉感的。顔も体も色気で溢れている。

 だが、そのせいで男性から嫌な目に合うことが多く、麗華は男全般に異常に冷たい。

 

 そしてこの娘、橘 亜姫タチバナ アキ。麗華と共にここへ入学したばかりの高校一年生。

 この学校に決めた理由は、家から近かったことと制服が可愛かったから。

 ちなみに、麗華は亜姫と同じところに行くと決めていたからだ。

 

 「せっかく可愛い制服着るんだから毎日キレイにするって決めたでしょ?

 亜姫は可愛いのに…ホント、宝の持ち腐れね」

 「それは麗華のことでしょう。そんな事を言ってくれるのは麗華ぐらいだよ?」

 

 と言っても、亜姫は全然気にしていない。

 もともと自分の見た目に無頓着な子だった。

 

 「ホントに可愛いんだけどね…」

 麗華は溜息をつき、諦めを滲ませる。

 

 実のところ、亜姫はとても可愛い。

 165センチの長身。胸あたりまであるストレートの黒髪は艶々。

 黒目の大きなクリっとした瞳は垂れ目がちで、小さめの唇とあまり高くない鼻が小顔の中にバランスよく配置されている。

 手足は細くて長く、スレンダーなモデル体型。

 しかし本人が見た目を全く意識してないことと、顔立ちも性格も雰囲気も幼さを感じさせるせいか、あまり目立たない。実際、友人達からはいつも子供扱いをされている。

 

 それでも亜姫の可愛さに気づく男はいる。だが、恋愛方面にアンテナが向かない亜姫は全く気がつかない。

 麗華が常に目を光らせているので、つけ込む隙がそもそも無いのだけれど。

 

 

 「そういえば、いい情報を手に入れたの。今日から早速やってみるつもり」

 「また?そう言って何年も経つけど、全然変わらないじゃない。もう止めたら?」

 「ヤダ!麗華みたいな、プルプルなおっぱいが欲しい!」

 「亜姫の胸でも充分でしょ?この間お店で測った時、それなりにあったじゃない」

 「あんなに色んなとこから寄せるなんて、自分じゃ出来ないよ。

 こんなのヤだ、何もしなくてもプルプルおっぱい!それで作れる谷間が欲しい!」

 

 叫ぶ亜姫の手を麗華がはたく。

 

 「こんなとこで自分の胸揉みしだくなって言ってるでしょ。まったく…胸なんてパッド入れて寄せたら済む話じゃないの」

 「モノに頼るのはダメだってば。自前で谷間!」

 「はいはい、せいぜい頑張って」


  

 亜姫は、寝ても覚めてもおっぱいのことばかり考えている女の子だった。

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