第13話・頑張って

「ああ、スッキリした!」


 譲は大きく伸びをした。


 向かうのは塾への道。美優がふわふわと後ろに憑いている。そしてもう一人。


「四日か。……早かったな」


 途中で合流した影一が呟く。


「……晴屋さん」


「なんだ」


「もしかして、僕の依頼料が安かったのって、愁斗のお父さんから依頼が入ってたことにも関係するの?」


「関係はしない。俺は何でも屋として牧村和人から財布から金を抜いている誰かを特定してくれという依頼を受けていたが、それと怨み屋とは何の関係もない。こいつ……美優がどこまでできるか試したかった」


「……うん、じゃあ、そういうことにしとく」


 譲は年相応の笑顔で応えた。


「で? 怨みを晴らした感想は」


「スッキリした、ってのは前提であるけど」


 譲は言葉を選びながら道を歩く。


「あいつら、僕が思うより覚悟も何もなかったんだ。人に怨まれるとどうなるかっていう覚悟が。殺してやりたいと思われるほど怨まれるってのがどういうことか、ぜんっぜん分かってなかった」


「いじめの大半はそういうものだ」


「それに、あいつらの力が絶対だって思ってた僕の馬鹿馬鹿しさも分かった。毎日殴られて、あいつら以上に怖い人間はいないって思ってたけど、違った。愁斗の力はお金とお菓子。それもお父さんから盗んでたなんてね。それを勘違いして自分の力だと思っていた愁斗と、お金とお菓子についてきてただけの五人。そんなことにも気付かないでただ苛められてた自分が、今は情けないよ」


「……強いね」


 美優は呟いた。


「強いね、譲君は」


「何言ってんの、やってくれたのはほとんどお姉ちゃんじゃない」


「わたしは手伝っただけだよ」


「ううん。それ以上。僕の願いを叶えてくれて、あいつらが二度と僕に近づけないようにしてくれた。それだけでなく、あいつらが実は弱いってことも分からせてくれた。本当に強いヤツなら、僕一人苛めるのに六人がかりなんてありえないんだよね」


 ……それで言うと、輝香は強いのだろうか。


 美優は遠く思う。


 取り巻きはたくさんいた。捧げものを持ってくる女子。ちやほやする男子。まるで女帝のような女。彼女は強い人間なのか弱い人間なのか。今の美優には分からない。


 分かったのは、譲が自分が思うより強かったということ。


「美優を貸すのは一週間の契約だ。追撃してもいいんだぞ?」


「ううん、もうスッキリしたから」


「……分かっているのか?」


 影一の言葉に、美優は首を傾げた。


「分かってる。雄二に聞いた。怨み屋さんに頼めるのは、一生で一回だけなんだよね。お姉ちゃんとも契約が切れるから、お姉ちゃんの姿も見えなくなる」


 はっと美優は気付いた。そうだ、譲が自分を見ていたのは、契約の魔法陣があったから。契約が切れれば、自分の姿はまた譲には見えなくなる。


「お姉ちゃん、復讐できるように、神様か悪魔か分からないけど、僕お祈りしてるね。頑張って、復讐してね」


「うん、ありがとう」


 譲は美優に近づくと、そっと手を伸ばした。触れるのが分かって、ぎゅっと抱き着いた。


「譲君」


「お姉ちゃん、僕がコックになれるって言ってくれた。だから、僕を見守っててね。それが無理なら、時々僕のこと思い出して。そして、将来コックになってお店開いたら、絶対お店に来てね。僕に見えなくてもいいから」


「幽霊の出る店なんて……お客来なくなるよ」


「関係ない。それより、お姉ちゃんが見守ってくれてるって思ったら、僕、なんでもできる気がするんだ。いじめも、辛いことも、苦しいことも。お母さんとお姉ちゃんが見てくれてるんなら、全部やれる」


 そして手を放すと、影一の手に契約の魔法陣を押し付けた。


「依頼料はお小遣いが出たら払うから!」


「分かった」


 そのまま譲は道路を真っ直ぐに駆けて行った。



     ◇     ◇     ◇



「断罪の部屋を一回目で見つけたか」


「え?」


 影一の目線が、前髪の間から美優に向いていた。


「あの部屋は……う~んと、譲君と話し合っていて、思いついたんだよね。毎晩同じ夢でうなされたら、さすがに懲りるかなって。そこで、何かピンと来て。時彦って子に幽霊が見えるように契約の紙を触らせたのと同じ要領でやれるかなって……思っただけなんだけど……影一さんは知ってたの? あの部屋のこと」


「つまり、ほぼ本能で見つけたわけだ」


「本能って言われるとなんか悩むんだけど」


「断罪の部屋。あれは、人の怨みが怨んでいる相手の内に生み出す呪いの部屋だ」


「呪い……?」


「人を呪い、怨む心がどれくらい恐ろしいかはあんたも分かっているだろう」


 美優は頷く。死んだ自分が三年経っても未だ怨んでいるように。譲のような心優しい少年を鬼に変えてしまうように。


「向かった怨みは、相手の心の中に巣を作る。怨んでいるほうも怨まれているほうも気付かないうちに、心の最奥に呪いを積み上げていく。蟻が堤に穴を穿うがつように。そしていずれ、その呪いは崩壊して、断罪の部屋となって、毎夜毎夜、悪夢として部屋の王……呪っている相手を苦しめ、やがては精神を崩壊させる。そんな断罪の部屋の扉を意図的に開く。それが晴屋家に伝わる復讐の最終手段だ」

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