第12話・裁かれて、明るみに出て

「は、放せ、琢磨、放せっ」


 琢磨は虚ろな目をしたまま愁斗を固定すると、玉座に戻る。


「琢磨ぁっ!」


 手下の中で唯一動いている琢磨に愁斗は叫ぶが、琢磨の目には愁斗への畏怖も同情も何も浮かばない。


「君、忘れてるんだね」


 声に気の毒そうな響きが混じる。


「もう二度と、君の言うことを聞かない。そう言って彼は僕の前で土下座しただろ。その通りだ。琢磨は二度と君の言うことを聞かない」


「そんなの、口先だけで何とも言えるだろっ」


「この部屋で嘘や偽りは通用しない」


 仮面の譲は頬杖をついて囚人となった愁斗を見下ろした。


「何故なら、ここは……」


「お前は何する気なんだよ! 俺を一生この部屋に閉じ込めとくのかよお!」


「人の話を最後まで聞かない。いつものことか」


 仮面の譲は呟くと、頬杖をついていない方の腕をゆっくりを上げた。


「じゃあ、その体で思い知ってもらおうか」


  パチン!


 指を弾く音と共に、微かに椅子が……いや、床が揺れた。地震? いや、そうじゃない。


 上?


 見上げた先で、何かが動いていた。


「なっ……!」


 十字架が。


 ゆっくりと壁から外れている。


 四人を磔にしたまま!


「なっなっなっなっ」


 十字架は軽い振動と共に、愁斗の固定された椅子を取り囲むように立った。


 十字架は大きくて、見上げないと四人の顔は見えない。


 見上げて何とか呼びかけようとした愁斗は、息をのんだ。


 はっきりと分かる、苦痛の表情。


 白目をむいて見開き、口を開いた顔は、血で濡れている。血の涙。吐血。


「ひっひっひっ……人殺し!」


「君が言うのかい? それを」


 仮面の譲は楽しそうに言う。


「何度も僕に死ね、と言った君が?」


「ほっ、本気で言うわけねーだろ!」


「僕には本気で死ねって言ってるとしか思えなかったけど?」


 ――死ねよ、死んじまえ。


 ――お前なんか生きてても仕方ねえんだ。


 ――死ねば世界が少しマシになるだろ。


 部屋中に響くのは、……愁斗の声。


 殴りながら。五人に殴られているのを見ながら。愁斗が吐き捨てた声。


「じょ、冗談だよ。冗談。ちょっとした冗談……!」


「冗談にも聞こえなかったけどね」


 一転して冷ややかになった口調に、愁斗は危険を感じた。


「ま、いまさら何言っても僕には響かない。この部屋に入ってきた時点で君が反省する可能性はゼロってことは確定したから、僕は断罪するだけだ」


「なんだよ、ダンザイって!」


「罪を裁くことだよ」


「お、俺は、何も」


「この四人……いいや五人に命令してぼくをひどい目にあわせたのは君だろ。まあ君からすれば冗談で軽い遊び……でも僕にとっては毎日死ぬことを考えるばかりの日だった」


「あ、謝る! 謝るから! だから!」


「もう遅い」


 譲は罪を裁く者の声で言った。


「それに、その謝罪もこの場を逃れるだけのただの言い訳……。この場を逃れて目が覚めれば、また次の日から僕を苛める」


「目が……覚めれば?」


 これは、夢? 悪夢?


 なら終わりがある。目が覚めれば全部忘れて……。


「しまえるんなら、やっぱり今罪を裁いておかないとね」


 考えを読まれてぎょっとする愁斗に、仮面の譲はもう一度指を鳴らした。


 磔の四人の目がぐりんっと回転し、黒目に戻る。


 ひくひくと体が動く。


「な……何だよ、なんなんだよ!」


「断罪の時間だよ」


 仮面の譲はきっぱりと言い切った。


 四人の杭を打たれた手足が動き出すと同時に、杭が自然に浮いた。


  ずぬっ……ずぬっ。


 くぽんっと抜けた杭の痕は、穴が空き、そこから血が流れている。生きているのだ、というのを証明するかの如く。


 地面にゆっくりと降り立った四人の手には、それぞれに突き刺さっていた杭が二本、握られている。


「一人二本……八本の杭だ。何処に打ち込みたい? 君たちを裁いた杭を、君たちは一体どこに打ち込むんだい?」


「や、めろ、やめ」


 太一が右手首に杭を当てる。そしてもう一本の杭で、杭を叩き込んだ。


「うわあああああああああああああああああ!」


「あっははははははは!」


 仮面の譲は声高らかに笑った。


「あれだけ僕を殴って、僕が泣きながらやめてくれって言ってもやめなかったヤツが。誰かに言ったらお母さんをクビにすると脅したヤツが。たかが杭一本で大絶叫だなんて!」


「あああ! ああ! あああ!」


 涙と鼻水が一気に噴き出す。


「まだだよ、まだ七本あるんだ。一本でそんなに泣かれちゃあ……楽しくなってきちゃうじゃないか!」


 断罪の部屋に、途切れることのない絶叫が響き渡り……。



  どん! どんどん! どん!


 凄まじい勢いで叩かれるドアの音で、愁斗は我に返った。


「え……あ……夢……?」


 あの断罪の部屋とやらじゃない。いつもの自分の部屋。


 隣で徹が寝ている。


「愁斗! 開けろ愁斗!」


 その声に徹も飛び上がって起きた。この声は……父親だ。


「な、なんだよ……」


 酷く寝ざめの悪い夢だった、と思いながらドアを開けると、真っ赤な顔をした父、和人がいた。


「愁斗……財布から金を抜いてたのはお前だな?」


「え?」


 びくりと愁斗は竦み上がった。


「な、何のこと……」


「しらばっくれるな!」


 絶叫に近い一喝。


 突き付けられた写真。


 そこには、紛れもなく、父親の大事な財布から紙幣を抜いている自分の姿があった。


「な、なに、これ……」


 確かに自分だ。心当たりもある。繰り返し抜いていた。手下にやる金は父親の財布から、お菓子はスーパーの倉庫から。だけどなぜ。バレるようなヘマはしていない!


「どうも財布から金がなくなるから、何でも屋に頼んだんだ。金庫じゃなく財布からなら泥棒か身内かの二択だからな。そうしたらきっちり現場を押さえてくれたよ。……愁斗!」


「ひっ」


 竦み上がる横で徹が素早く逃げて行った。


「この金はどうした! 何に使った!」


「あ、そ、それは」


 まさか手下に配ったなんて言えない。


「……まあいい」


 真っ赤な顔で父は呟いた。


「今日は夕飯抜きだ。そして店を手伝うんだ」


「なんで俺が――」


「お前が抜いた金を返し終わるまで、お前に小遣いはない! 泥棒に追い銭をやるほど俺は甘くないからな、欲しかったら働くんだな!」


 その一瞬。


 一瞬だけ、部屋が変わった。


「ああ、忘れてた」


 仮面の譲の口が笑っていた。


「断罪の部屋は君の中にあるって言ったよね。つまり、君は眠る度この部屋に来ることになるんだ。君が飽きないよう、色々考えたから、楽しみにしててね」


 パッと、部屋に戻る。


 真っ赤な顔をした父親が、どん、と胸を突き飛ばした。


「いっ……!」


 大の大人の力で突き飛ばされて、部屋に転がって。


 愁斗は、自分の両手首にある黒い穴のようなあざを見た。


 ……その痣は、八か所にあった。四人に打ち込まれた場所に。

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