第11話・断罪の部屋

 クリアファイル、二枚のプリントに挟まれていた紙を、愁斗は器用にトングで取り出した。


 肌色に近い色の紙で、墨だろうか? 何かが書いてある。達筆すぎて、学校でしか習字をやっていない二人には到底読めない。


「これか、な。時彦が触ったの」


「多分な。他のものは、全部いつでも譲が持ち歩いてるものだった。怪しいのはこれしかない」


「ど、どうしよう」


「触ってみろ」


「え、ええっ?!」


「お前は俺の命令に従うんだろう? 美味しい思いしたくないのか」


 それとも、と愁斗は冷たい目で徹を見る。


「お前も切り捨てられたいか?」


 ぶんぶんと徹は首を横に振る。頭脳も腕力も判断力もない自分が譲をサンドバッグにできるのは愁斗がいるからだ。愁斗がいなければ自分がサンドバッグになっていることくらい分かっている。だから愁斗についていくしかない。


 恐る恐る、トングの先にぶら下がっている肌色の紙に触る。


 手触りも……肌のようだ。


 そっと紙に指を滑らせる。


「どうだ」


「なんか……気持ち悪い」


 徹の言葉に、愁斗は半目でにもっときちんと説明しろと睨む。


「何ていうか……生きてる人間みたい。気持ち、悪い」


「紙を触った感想を聞いてるんじゃない! 何か変なことが起きてないか聞いてるんだ!」


「そ、それは、ない」


「本当か? お前鈍いから気付いてないだけじゃないか?」


「そ、そんなこと言われても」


「ええいくそ、よこせっ」


 徹が恐る恐るつまんでいる紙を愁斗がひったくる。


 確かに、思わず手放したくなる触り心地の紙だ。


 しかし所詮は紙。何かある訳でなし……。


 ?!


 紙を見るために他から視線を外したその瞬間に、世界が切り替わっていた。


「!!?」


 愁斗は顔を上げる。その瞬間に手の中の気持ち悪い紙は消えていた。しかしそんな紙のことなど愁斗の頭から吹っ飛んでいた。


 薄暗い空間。


「ど、どこだ、ここはっ」


断罪だんざいの部屋だよ」


 聞き慣れた声が陰々と響いた。


「譲、てめえ、どこにいるッ」


「すぐ傍に居るじゃないか」


 見回して、そこが自分の部屋ではなくどれだけ異様な空間かを思い知った。


 自分を中心に、大きく円状に壁が取り囲んでいる。扉は……ない。


 正面に、人が五人ほど横に並んで上れそうな階段が上に続いている。


 上を見上げ、愁斗は絶句した。


 十字架?


 まるで鉛筆の内側のように、中心に向かって尖っている天井。その斜めの部分に、昔絵で見たはりつけの聖人のごとく、四つの十字架に四人の人。


「太一! 寛太! 時彦! 徹!」


 そう、その四人が、さっきまで一緒に部屋にいた徹までもが、磔状態になっている。裸で、目を閉じ、ぐったりと首をたれ、両手首と足首にくいが打ち込まれている。


「た、琢磨は」


「まだ僕に気付かない?」


 くすくすと笑う声。


 階段の上!


 そこに玉座があり、黒い仮面をつけた人間が座っている。玉座から鎖が伸び、そこに裸の琢磨が繋がれている。


「やあ愁斗。やっと気付いたかい?」


 黒い仮面の人物がクックッと笑う。


「てめえ譲っ! 何の真似だ!」


「分からない?」


 顔半分を覆ってしまう仮面をつけているせいでわからないが、多分……声からして、譲。


「どうやって俺をここに連れてきた!」


「連れてきた? 君が自分で来たんじゃないか」


 いつもの譲とは思えない、上からの目線で、声で、言葉で、愁斗は苛立つ。この異様な空間がそれに輪をかけた。


「ふっ……ざけるなあ!」


「ふざけてなんかいない」


 仮面の譲は玉座で足を組み、見下ろしている。


「謝れば、琢磨のように許してやろうと思っていた。僕は君と違って鬼じゃないからね、心から反省して、二度と僕にちょっかいを出さない、そう言ってくれれば、いや、少しでもそれを考えてくれていたのなら、この部屋に来なくて済んだんだ」


「何する気だ譲!」


「言っただろう? ここは『断罪の部屋』」


 仮面の譲は軽く手を挙げた。


「僕をいじめてくれた君たちが作った部屋だよ」


「訳が分からねえ」


 突き放すように譲は言うが、その声に震えが混じっていた。


 訳の分からない場所、訳の分からない手下、訳の分からない譲。


 こんな空間に放り込まれて冷静でいられる人間はそうはいない。まして愁斗は小学校五年生なのだ。必死で虚勢を張ってはいるが、いつ涙腺が崩壊してもおかしくない状況だ。


 そんな愁斗に気付いているのかいないのか、仮面の譲は鎖をガチャリ、と鳴らした。


「琢磨」


「はい」


 五人の手下の中で唯一磔になっていない琢磨に、仮面の譲は声をかける。


「やってくれ」


「はい」


 素っ裸で、首に巻かれた首輪からごつい鎖で玉座につながれた琢磨は、ゆっくりと階段を下りてきた。


「何素っ裸で鎖までつけてんだ、お前Mか?」


「この断罪の部屋で譲さまは絶対」


 虚ろな声で琢磨は言った。


「譲にさまをつけんな、つけるなら俺だろ!」


「譲さまは絶対、と言った」


 いつもの絶対服従の琢磨ではない。その目を見れば分かる。ぼんやりと霞がかっている。


 近付いてくる琢磨に怖気づき、一歩、下がろうとして、膝がかくんと折れた。後ろから膝カックンされたみたいに。どすん、と床に落ちるかと思ったら、思ったより浅い位置で衝撃が起きた。


「椅子?!」


 そう、それは鉄の椅子だった。


 慌てて立ち上がろうとすると、あの動作からあの距離をどうやってきたのか、いつの間にか目の前にいた琢磨が手首を椅子に固定させ、次に足首を椅子の足に固定させた。


「琢磨ッ、俺のッ、言うことッ」


「まだわかってないね」


 仮面の譲は楽しそうに笑う。


「ここは君の中にできた部屋。でもこの部屋の王は僕だっていうことを」

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