第8話・力関係の変化

 翌日。


 太一と寛太は学校に来なかった。


「知ってるか? 太一も寛太もおしっこ漏らしたって」


「え、何、どういうこと?」


「太一は夜の道でお化け見たって大騒ぎしてたのうちのばあちゃんが見たんだ。ズボンがびしょびしょだったって」


「うっわ、ざまぁ」


「寛太は、何かすっげえ怖い夢見たって。寛太の母ちゃんがいい年して恥ずかしいとかなんとか寛太怒りながら布団干してた。その時寛太、俺の顔見て、やべって顔で家の中入って出てこなかったから、ありゃ間違いない。多分何も言われたくないんだよ」


「うーわ。みっともね」


「小五でおもらしってありえない」


「普段偉そうにしてるから罰が当たったんだよ」


「じゃあ次は誰かな」


青坂あおさかなんか面白いんじゃない?」


「そうだな、あいつうるさいしな」


「牧村、行かないかな」


「あーあいつなー。やってくれればありがたいんだけどなー。一年は引っ張れるネタじゃん」


 ワイワイとやっている同級生は、愁斗一味を遠巻きにしている。おしっこを漏らしたという屈辱的なことが、クラスの嫌われもの一味から一晩で二人出たというのが、同級生たちは嬉しくて仕方ないのだ。


 愁斗一味は反論したいけどそうしたら自分たちの仲間におしっこを漏らしたのが二人も出たという事実は間違いない……寛太はともかく太一は自分たちの見ている前で漏らした……から、何とも言いようがないのだ。


 そこへ、ひょこりと譲が登校してきた。


 さりげなく同級生は……譲が愁斗一味にいじめられているのを知らないのは先生くらいだ……譲とも距離を取る。


 愁斗一味は珍しく全員揃って譲のところに来ようとはしなかった。つつきあい、様子を伺い合って、結局来たのは一人、青坂あおさか琢磨たくまだった。


「おい、譲」


 びくりと譲は竦む。


「お前、太一に何した?」


「え、なに、て」


「昨日の夜だよ! 太一の馬鹿、お化けが出たって大騒ぎしたろが!」


「ぼ、僕、知らない」


 大体、と、おどおどした声で譲は続ける。


「あの時、僕、君たちに、取り囲まれてた。誰もいなかったし、逃げ道もなかった」


「……だから何したか聞いてんだよ!」


 バン! と机を叩かれ、譲は居竦んだ。教室の空気が凍り付く。


「僕は、何も、してない」


「本当だろうな」


 こくん、と譲は頷いた。


 琢磨はチッと舌打ちして、そのまま去っていった。


(あの夢は相当効いたようね)


 頭の中に響いた声に、譲は心の中だけで笑う。


(僕が見た夢なんだ)


 譲はこっそりと美優に教えた。


(化け物の顔は愁斗だった。食われる直前で目が覚めた。でも寛太は食べさせた。そうじゃないと僕の気が済まない)


(歯形作っておくとかよかったね)


(そうすれば、夢か現実か分からなくなると思った)


(わたしの復讐にもこの考え使っていい?)


(うん、どんどん使って。お姉ちゃんはもっともっとひどい目にあわせなきゃいけないんだから)


 教科書に隠れるように、幼い復讐者は静かに笑みを浮かべた。


 その後ろで、誰にも見えない美優も笑っていた。


 復讐はあと四人。



「譲、ほんとに知らないのか?」


「……太一のことはともかく、寛太は夢だって言ってた。譲が夢を見せれるはずないだろ」


「……太一、お化けって言ってたよね」


「気のせいだろ」


「気のせいで、血まみれの女なんて言えるか?」


「おい」


 愁斗の声に、三人……青坂琢磨、先名さきな時彦ときひこ油野あぶらのとおるはそちらを向いた。


 椅子にふんぞり返る愁斗。しかし、その顔に余裕はない。


「太一や寛太なんてヤツはいなかった」


「しゅう……」


「いなかった」


「……ああ」「うん」「そうだね」


 ほそほそと三人は頷く。


 太一と寛太は愁斗に切られたのだ。愁斗に恥をかかせたから。


「譲、見張っとけ」


 愁斗はぼそりと呟いた。


「え?」


「譲になんかある」


「なんかって……」


「とにかく、変な事しないか見張っとけ」


「お、おう」


 時彦が自分の席……譲の右斜め後ろに戻る。


 愁斗の機嫌が悪いのは仕方ないが……いいサンドバッグの譲の様子を探るのはいつもの任務だ、と時彦は自分に言い聞かせる。


 腕っぷしの強い太一と頭の回る寛太、その二人が一気に消えて、クラスでの立場が弱くなるかもしれない。


 だけど愁斗から回ってくる菓子や小遣いはありがたい。だから悪いことと知って愁斗のやることに従っているのだ。


 先生が入ってきて、生徒は自分の座席に座る。


 時彦は教科書で先生の視線から自分の顔を隠しながら、斜め前にいる譲の様子を探る。


 いつもと変わらない。


 変わら……ない?


 いや、違う。


 時彦の目が確かにそれを見た。


 譲が何か紙を大事につかんでいるのを。


 生意気にも勉強大好きな譲が、授業中に教科書とノートと文房具以外のものを触っているなんて初めてだ。


(誰かからの手紙……?)


 譲はそれをカバンの中に入れる。


(譲の大事なもの……あれを取り上げれば、俺が愁斗の一の子分になれる……?)


 時彦はニヤッと笑った。


(譲からなら、俺の力でもあれくらい取り上げられるからな)


 時彦は手柄を独り占めすることにした。だって、愁斗の一の子分になれれば、おやつはもらえるし時には愁斗の父親から小遣いだってもらえるからだ。何より、譲を殴るストレス解消は最高だし。


(次の休み時間かな)

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