第7話・悪夢
譲が食べ終わり、ちゃんと皿を洗って片付けてから、部屋へ行った。
「復讐って、お姉ちゃん、どんなことできるの?」
「わたしもよくは分からない」
美優は困ったように首を傾げた。
「影一さん……怨み屋の人ね……が言うには、大体復讐のために望んだことなら何でもできるって。ただ、わたしができることが多すぎて、何をどうしたらできるかは分からない。だからあなたが考えた復讐をわたしができるかを試して、実行に移す、みたいな?」
「要するに、なんでもできるってっこと?」
「多分」
「すげー」
譲が目を丸くする。
「すごくない、すごくない」
美優は苦笑した。
「生きてるうちに何かできればよかったのに、怖かったせいで何もできなかった。あなたみたいに、復讐すら考えられずに、ボロボロになって……死んだ」
「お姉ちゃん」
「ああ、ごめんね。暗い話するつもりはなかったんだけど」
「ううん。……お姉ちゃん……死んじゃったんだよね……」
「うん。屋上から、落ちろって言われて落ちて」
「落ちろって言われたって……殺されたんだよ、それ!」
「うん。でも、法律では殺したんじゃなくて自殺しろって言ってさせた罪になって、たった七年しか刑務所の中に入れておけない」
「そんな」
「だから、わたしも譲君の復讐で自分が何できるかはっきりさせて、そして、やり返したい相手にやり返すんだ。そのための練習として影一さんはこの仕事を振ってくれたと思うから」
「うん。復讐にはとってもお金がかかったって雄二が言ってた。でも、そのおかげで、クソな親父と別れられたって、雄二は怨み屋に感謝してた。親父が土下座した時、許しはできないけどスッとしたって。だから、これからは俺が守ってやれないから怨み屋のこと、教えておいてやるって……」
「そっかあ……」
去った友達が残した最後の蜘蛛の糸。糸は晴屋から垂らされていた。
「譲君にはコックになるっていう夢もあるんだし、しっかり復讐しないと。もう二度と手を出してこれないように」
譲は美優の目を見てしっかり頷いた。
「あっ、僕、思いついたんだけど、こんなのはどうかなって」
「でもそれって譲君のお母さんに問題出るんじゃない?」
「あ、そうか。じゃあ……」
遅番で帰ってきた譲の母が見たのは、色々な本が散乱した中熟睡してしまっている息子だった。
「あらら、寝落ちしちゃったのね」
部屋のドアを細く開けて、くう、くうと寝息を立てている息子の寝顔を見る。
「よかった」
仲良しだった友達が転校して行ってから、かなり落ち込んでいるのを母は知っていた。学校の話をすると少しだけ暗い顔をすることも。
でも、今の譲は満足そうな寝顔をしている。
「おやすみなさい……」
母は息子を布団に入れるとそっとドアを閉め、息子が冷蔵庫に入れておいたオムライスを温めて食べるのだった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
愁斗の子分、寛太は、走っていた。
赤黒い世界。足をつくたび、びちゃっと嫌な音と、柔らかい踏み心地。でもその柔らかさはかえって不吉を思わせる。
(逃げなくちゃ)
寛太は必死で走る。
(あれに追いつかれたら)
何に追われているのか、追いつかれたらどうなるか。それは寛太にも分からない。
ただ、追いつかれたらアウトだってことは、理解していた。
びちゃっ、びちゃっ、びちゃっ……。
地面を踏む足音。自分のじゃない。後ろから、どんどん近付いて……。
逃げなくてもいいんじゃないか。
ふと、そんなことが頭に浮かぶ。
そうだ、もうオレは太一より強いんだから。
腕力担当で愁斗の一の子分だった太一が譲を殴ろうとしていきなりションベン漏らして大泣きしはじめたのは、ついさっきのような気もするし、ずいぶん昔のような気もする。
腕力が強いというだけで偉そうな顔をしている太一を、寛太は心底嫌っていた。愁斗の仲間になっていなけりゃあんなヤツと手を組まないのに、と。
しかし、そんな不満もなくなっていた。
何もないところで泣き出して無理やり家まで引きずって帰した太一を見送ってから、愁斗は呟いたから。
「じゃあ、次の譲ぶん殴り権は寛太な」
仲間たちはブーブー言ってたけど、自分も愁斗の為に色々頑張ってきたのだ、一の子分の座くらいもらってもいいんじゃと思う。
そう、愁斗以外に怖いヤツなんかいない。
何が追ってきてたって、怖がるものなんて自分にはないんだから。
立ち止まり、振り返る。
ぶん殴れば一発で……!
拳を固めた寛太は、口を大きく開けた。
だけど、そこから声は漏れなかった。叫びが喉の奥に貼りついて出てこない。息の漏れる音だけがする。
赤黒い生き物……いや生き物かこれは?
人間が無理やり四足歩行をしているような体勢の……腐った肉を練り固めたようなそれ。
こっちを向いていると分かるのは、頭があるからだ。
体以上に大きい頭は、絶叫に値するものだった。
にやにやと笑っている……譲?
顔の半分が潰れたような頭は、血みどろだったけど、確かに譲のもので。
それががぱあ、と口を開ける。
古い話に聞いた口裂け女のように、口が裂けて開いた舌には、一つの頭がくっついていた。
――寛太ぁ。
……太一っ。
――お前も一緒に食われようぜ。
「いっ、嫌だ、嫌だ、嫌だ」
腰が抜けて、赤黒い地面に座り込む、ぶにゅると尻の下で柔らかい地面が尻を受けとめる。
赤黒い譲の怪物は、ゆっくりと動けない寛太に近づいてくる。
「まっ、待って、譲、ごめん、俺」
譲は、譲の顔をしているのに、譲っぽさはどこにもない。真面目さも気弱さも。そこにあるのはただ、嫌らしい笑みだけ。
ぐにゃり。
「え」
寛太は柔らかい感触をした自分の手を見る。
地面についた両手は、盛り上がった地面によって拘束されていた。
「い、嫌だ、ヤダヤダ助けてお願いだから」
譲は壮絶な顔で笑うと、ぐぅっと首を伸ばしながら仰け反り。
そのまま寛太の腹に突っ込んだ。
絶叫。激痛。
ぴちゃ、ぐちゃ、ぐに、ぐに。ぐむぐむ。
(いやだ……化け物に……食われてる……!)
――寛太……寛太。
名を呼ぶ声。
(……助けて!)
「寛太!」
叫び声に目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
母親が鬼の形相でこっちを見ている。
「夢を見るのもいいけどね、もうちょっと静かに寝な! あんたの叫び声でみんなが起きるし警察が来るしで大変だったんだから!」
「え……夢……?」
食われる感触まで思い出せるほどのリアルさだったのに?
「ゆ……夢、だよな。ゆめ」
半身を起こして下半身に違和感。
「……あ」
「寛太、あんたねえ……」
母親が呆れた声で言った。
「どんな夢見たの、この年になっておもらしなんて」
……これで寛太は、太一を笑えなくなってしまった。
「シーツだけでも取り換えるよ。あんたもさっさと着替えな」
パジャマの下を脱ぎ、濡れた下着を脱いで、寛太はびくっとした。
赤黒い何かが、腹の辺りに見えた気がして。
恐る恐る、パジャマの上をめくりあげる。
「ひっ」
……いくつもの歯形が自分の腹についていた。
食われたのを忘れるな、と言わんばかりに。
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