第6話・復讐開始

「こいつがあんたの復讐を手伝ってくれる。一週間貸そう。一週間、それで相手をぐうの音も出ないほどにボロボロにしてやれ」


 影一は一枚の紙に星のような形と読めない字で書かれた陣のようなものを譲に手渡した。


「こいつ……って」


「それを持って、俺の後ろを見てみろ」


 譲は言われるがままに紙を手にして影一の後ろを見て、「ひっ」と息をのんだ。顔色は真っ青だし歯がガタガタ鳴っている。


「……見えるの?」


「視えている」


 影一にそっと聞くと、小声で教えてくれた。


「あれは護符、お前の魂を束縛する魔法陣の一種だ。お前を封じた印から繋がり、一時的に俺以外の人間の傍に居られる。効き目は一週間。効き目が切れればお前は本来の印に戻る」


「お、おば、お化け」


「うん、お化け」


 制服を着て頭が半分潰れ血みどろの女子高生。……叫ばなかっただけ精神的には強いのかもしれない。


「でも、あなたに悪いことはしない。あなたをいじめている人に悪いことをする」


「ほ……んと?」


「復讐したい気持ちは分かる」


 美優はそっと影一の傍から譲の傍に行って、床に膝をついた。


「わたしにもいるの。どうしても復讐したい相手。あいつらも、あなたの復讐相手と同じように、わたしをいじめてた。挙句、わたしは死ぬことになった。あなたをそんな目に合わせたくない」


「お化けの……お姉ちゃん……」


「一緒に、復讐しよう。あなたをいじめる相手に」


「社会的制裁の方は俺がやっておく。美優、お前は譲と一緒に居て、どんなことをしたいか望みをかなえてやれ」


「え? 社会的報復するのに?」


「あんた、俺があんたの復讐相手を潰したらどう思う?」


「自分でやりたかったと思う」


「そういうことだ。依頼人の意向をよく聞いて、スペシャルな復讐を遂げてやってくれ」



     ◇     ◇     ◇



 その夜。


 牧村愁斗をはじめとした問題児グループは、六人で塾帰りの譲を取り囲もうとしていた。


 生意気にも母なしで哀れな譲は、勉強は得意で、それがまた頭にくる。


「おい、譲」


「逃げるのかよ」


 譲は無視して少し足を速める。


「逃がさないぜえ」


 電柱に追い詰め、取り囲む。


 大木おおき寛太かんたが手を伸ばしてきた。


「頭のいい一之瀬は夜も塾行ってんだなー」


「だってこいつ、親父いないんだもん」


「母ちゃんが必死で働いているのになー」


「……お母さんが働いて、僕を塾にやってくれてるんだ」


 譲は何かを握りしめて、反論した。


「お父さんがいないから塾に行くんじゃない、僕が勉強してくれるのが嬉しいっていうから勉強してるんだ!」


「へー。譲の母ちゃん、かわいそ」


「塾の金で飯買えるもんなー」


「てか譲、お前今日生意気じゃないか」


 愁斗が頷くのを見て、一の子分である溝呂木みぞろぎ太一たいちは譲の胸倉をつかんだ。


「譲は俺たちに殴られるのが仕事なんだからよー」


 拳を振り上げる。


「大人しく殴られとけ!」


 振り上げたその腕に、ねちゃっと濡れた感触があった。


「ん?」


 振り向いて、太一は絶叫した。


「待て太一、何見た?」


 へたり込み、コンクリートを濡らして、太一は震える。


「お、おば、おば」


「おばぁ?」


「お、お化け、が」


「おいおい幼稚園じゃないんだから、お化け見てションベン漏らすなんて今時いねぇぞ」


「ほ、ほんとにいたんだ、血まみれの……どろどろの……女……!」


「いねぇじゃん」


 その隙に譲は皆を振り払って走っていったが、太一はそれどころじゃなかった。


 気のせいかもしれない。でも。


 太一は腕を見た。


 そして、もう一度絶叫した。


 自分の腕を握った、赤い、手形。



 譲は走って走って、やっと追いかけてこないと確信して足を止める。


「お姉ちゃん、が?」


 魔法陣を握りしめていた指を一本ずつ引き離し、しわの寄った魔法陣を見て、そして自分の背後にずっといた美優を見る。


「またあなたが殴られると思ったから止めただけ。後は勝手にあのいじめっ子がわたしの姿を見ただけよ」


 腕を握った時に血がついたかもね、と言って、美優は笑った。


「へへっ、すごい顔してたよな。おしっこ漏らして。あいつ、お父さんやお母さんになんて説明するんだろ」


「復讐は、終わった?」


「ううんまだ。あいつら全員にごめんなさいって謝らせなきゃ気が済まない」


「よね」


「よし、僕んちで作戦練ろう。お姉ちゃんは一週間しかないんだから、その間に全員謝らせる」


 でも、その前に、と譲は首を傾げた。


「お母さんには見えるかな?」


「視えないようにしとける」


 美優は頷き返す。


「息子に幽霊憑いてるって、心配かけるだけだもんね」


「じゃあ、おうちに帰ろう」



 回り込んだいじめっ子がいるかと思って遠回りをして帰ったが、結局家の前にもいじめっ子はいなくて愁斗を連れて帰るので大変なんだろうと美優も譲も思っていた。


「お姉ちゃん、何か食べる?」


「お姉ちゃんはいらないの」


「……そっか。お化けだもんね」


 僕のオムライス、お母さん喜んでくれるんだよ、と言って譲は自分の分と遅番という母親の分を手早く作った。


「すごいね、お料理できるんだ」


 譲の前でふわふわ浮かびながら、美優は感心する。小学生でこんな見事なふわふわオムライスを作れるなんて。


「へへ。お母さんが教えてくれて、後は僕のアレンジ。本当はさ」


 譲は大切な宝物を見せるように告げた。


「僕、コックになりたいんだ」

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