第3話・晴らすか晴らさぬか

「……なるほどな」


 悔しそうに言い終えた美優に、事情は分かったと影一は手を上げる。


「で」


 影一は無表情で聞いた。


「あんたはどうしたい」


「殺して……やりたい」


 血を吐くような思いを込めて、美優は言った。


「でも、ただ殺すんじゃダメ。……見捨てられて、ボロボロにして、この世界で生きていけないようにして、その上で地獄に引きずり込んでやりたい……っ!」


 握りしめた血みどろの手も小さく震えている。


「社会的抹殺、その上で殺す、か……。気持ちもわからないじゃないが、難しいぞ」


「うん……まずわたしがあの娘に触れない」


 悔しそうに美優は自分の手を見た。


「恐らく、あんたはどちらかと言えば怨むより許すタイプなんだろう」


「許す……?」


「本気で怒っても、謝られると許してしまうタイプだ。逆切れとか、したことないだろう。言い切られるとつい許してしまう。人間の持つ特性の一つで、それ自体が悪いことじゃない。だが、あんたは、特性を超えるほど、日向輝香とその周囲に対する怨みが募った」


「募ったら……どうなるんです?」


「あんたは紛れもない怨霊だ。そして、過去に怨霊と呼ばれた霊体はすべて、普通の人にも見えていた。なのに、人間にしか視えない。それは、魂の属性と怨み殺したいと思う心が噛み合っていないんだ。どれだけ呪っても怨んでも、そこらの浮遊霊程度の影響力しか持たなくなっている」


「じゃあ……わたしは……復讐できないの……? これだけ苦しくて悔しくて許せないのに……?」


「それに、社会的抹殺も難しいだろう」


 ノートパソコンのキーボードを叩きながら、影一は言う。


「なんで! わたしを殺しておいて……!」


「あんたは殺されたわけじゃない」


「死ねって、言われたのに?! 柵の向こうに追いやって飛び降りろって言ったのに?!」


「この場合、その元高校生たちに適用される罪状は殺人じゃない、自殺じさつ教唆きょうさだ。自殺意思のない人間に、故意に自殺意思を生じさせる。輝香とやらのスマホにその様子が入っていて、それが公開されても、あんたは自分から飛び降りたことで間違いないからな」


「その罪って、重いですか」


「六か月以上七年以下の懲役または禁錮」


「七年……たった七年……?」


「いじめがすべて明らかになればそれも責められるだろうが」


「ダメ……そんなんじゃ……」


 美優は唇をかみしめる。


「七年経って出てきても、あの娘はきっと反省なんてしてない。運が悪かった程度に思って、平然と生活に戻ってく」


「それに、あんたの言うようなタイプだと、表向きいい顔しているから、刑務所でも改悛の情ありとみなされる可能性だってある」


「あれだけのことしておいて……七年しか……七年だけ……」


 ぽたりと落ちたのは赤い雫。血か、涙か。


「社会的に裁くのは難しい。それは理解したか」


 唇をかんで、悔しそうに俯く美優。


「では、俗にいう『祟る』ことになる」


 影一は他人事のように続ける。


人にしか見えない、物を触ることすら難しい怨霊が傷付けようと呪って出てくるのは、天災、事故、疫病……」


「あ、あの」


 指折り数え始めた影一を、慌てて美優は止めた。


「関係者だけでいいので……人を巻き込むのはちょっと……」


「そこが足らない部分だな」


 ふっと溜息か息が洩れたのか、息継ぎをして、影一はノートパソコンから美優に視線を移した。


「怨霊は基本的に周りを巻き込む。無念の死を遂げ、それに至るまでに関わってきた全てを破壊する。平安時代の菅公や将門公、崇徳上皇……いずれも関わった人間どころか無関係の人間まで巻き込んで未だに怨念を残している。あんたも分類で行けばそこなのに、自分を見捨てたやつ、見逃したやつ、見てない振りしてたやつらを許してしまう。普通、自分をこうした人間……それまでいじめていた小学や中学の連中、無視してきた同級生、気付かなかった親にも怨みを晴らしたい、っていうのが怨霊の考えだ。ところがあんたはそれを許しちまっている。屋上へ追い込んだ高校生六人だったか? たった六人呪うなら地縛霊でも十分なのに、怨みだけはたっぷりと来た……。さて、どうしたものか」


 影一は頭をポリポリと掻いた。


「わたし……復讐、できますか」


「できなくはない」


 影一はあっさりと言った。


「俺は能力で言うなら除霊師の内に入る。だが、晴屋は怨み晴らしのためにある。それが生者でも死人でも関係ない。ただ」


 身を乗り出しかけた美優を制するように、影一は片手をあげる。


「これはビジネスだ。俺の力を借りようというなら、あんたは俺に対価を払わなければならない」


 対価。


 死んでからお金なんて持ちもしなかったから、それは確かに考えが至ってなかった。


「しかも、この世界は生者にしか優しくない。もしその復讐が除霊師に気付かれれば、相手が悪いと言っても聞いてはもらえない。アンタは祓われ俺は罪に問われる」


「え。どうして、あなたが」


「何を驚いている」


 影一は呆れたように言う。


「怨霊の手伝いをして生きている人間を傷つければ、当然俺だって罪に問われる。おまけに、死人に口なし、あんたが俺の弁護をすることはできない。危ない橋をこれでもかとばかりに渡るんだ、対価を要求するのは当然だろう」


「でもわたし、お金なんて幽霊が持ってるはずない……」


六文銭ろくもんせんを渡されても困るだけだしな」


「ろく……?」


「この世とあの世の境目にある三途の川の渡し賃だよ。しかし、そんな額じゃ復讐にはなりゃしない。あんたが俺を使って復讐しようと思ったら、それだけのものは必要だ」


 お金を手に入れる方法……。


 お化け屋敷で働くくらいしか思いつかない想像力乏しい美優である。


「そこで、提案だ……。成仏できなくても構わないというのなら……俺の式鬼しきになれ」

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