第2話・怨む理由

「三年前、高校生……その制服は来星らいせい高校だな……」


 影一はカタカタとノートパソコンに何やら打ち込んでスクリーンを見つめていたが、やがて顔を上げた。


「誕生日に女子高生が学校の屋上から飛び降り自殺、クラスメイトが止めるも……これか?」


 くるりとノートパソコンを回す。そこには、ネットニュースで三年前に流れた、来星高校で起きた自殺事件のことが書かれていた。日付は……美優の誕生日。


「クラスメイトが……止める……」


 オウム返しする美優に、影一は長い前髪の奥からじっと美優を見つめていた。


 小さく、その手が震え出した。


「止めてなんかない」


 美優は言った。


「逆よ、逆なの! あいつらが飛び降りろって言ったのよ!」


「……事情を聞いても?」


 美優は訥々とつとつと話し出した。



 大原美優は、いわゆる「いじめられっ子」だった。


 いじめから逃げられるかも、と小学校卒業の時も中学校卒業の時も思ったけれど、結局行った先でもいじめられた。


 そして、いじめは年齢が進むにつれて悪化していった。


 小学校の頃はばい菌と呼ばれ、プールに沈められては一番嫌われている男子と無理やりキスをさせられたり、男子が自分の机に触っては「ばい菌うつるぞー!」と追いかけっこをしていた。


 中学校の時は、万引きを強制されたり、「あんた臭い」と全身に消臭スプレーをかけられたり、取り囲まれて蹴られたり殴られたり。


 いじめっ子が上手かったのは、自分がいじめているという証拠を一切残さなかったことだ。


 先生、同級生、みんなが、「ああ、あの娘とあの娘はそれなりに仲がいいんだな」と勝手に理解するくらいに、いじめの実態は隠されていた。


 そして高校では、所有物を壊されたり捨てられたりして、女子に呼び出されて屋上へ行った。


 そこで。


「いや! やめて!」


「うるせえな」


 三人の男子生徒に抑えつかされ、服を脱がされ、大事なところに動く何かを突っ込まれ、悶え苦しむ姿は、全て残っている。


「これ、動画で取ってるから」


 小学校の時から近所なのに美優を目の敵にして苛め抜いてきた日向ひむかい輝香てるかは、スマホで動画を取りながら楽しそうに言った。


「アンタがあたしを裏切ったら、この動画、流すから」


 性的暴行を受けている様子を動画に取られ、身動きが取れなくなった。


 引っ越しして逃げても動画再生されたらアウト。親に相談もできない。言いなりに……なるしかなかった。


 そして、十七歳の誕生日。


 屋上に呼び出されて、渋々行った屋上で、輝香は命令した。


「飛び降りな」


「……え?」


「そこから飛び降りな、って言ってんの」


 輝香は当たり前と言いたげな声で言った。


「な……なんで……」


「だって、つまんないんだもん」


 座った彼女は足をぶらぶらさせながら言う。


「せっかく今日はアンタの誕生日だから」


 誕生日にろくな思い出のない美優である。小学校の時は誕生パーティーにやってきて、カミソリ入りの封筒を渡された。中学校の時は誕生記念と言ってリンチにかけられた。そして……。


「せめて楽しい誕生日にしないとね」


 あたしが、と言外に含ませて、輝香は美優を指した。


「だから、飛び降りてよ。そこから。それなら少しはマシだから」


 男子生徒に柵を乗り越えさせられ、美優は必死で柵に捕まる。すぐ後ろは五階の高さだ。


「ねー。はーやくー」


 駄々をこねる子供のように、輝香は無茶な要求を突き付けてくる。


「はーやくしないと」


 歌うように輝香は言う。


「この動画、ばらまいちゃうよー」


 小さな音量で、自分が喘ぐ声が聞こえる。


 を、晒される。


 飛び降りるのとどっちがマシ?


 あれをまかれるよりは……。


「ほらー、拡散しちゃうよー?」


「や……めて!」


「なら飛び降りてよー。うまくいけば足の骨折る程度で助かるかもじゃん? それだけで助かるんなら儲けじゃん」


「ひっ……」


 あの動画をばらまかれる。その恐怖が、死の恐怖に勝った。


「……っ」


 美優は柵を押す。


 飛び降りるその一瞬、見えたのは、青ざめた男子生徒たちと。


 男子たちとは裏腹に、楽しそうに笑っている輝香の顔だった。



 そうして。


「気が付いたら、誰にも気付かれない姿になって……死んだんだって」


「それからは何を?」


「あいつ、わたしのお葬式に来てたんです。警察にも、自分たちが止めたのにわたしが自分から飛び降りたって言って……嘘ばっかり……」


「死人に口なし、か」


 美優は涙を浮かべて頷いた。


「わたしの話を知らせようとしたけど、わたしが見える人はまずいなかった……。見えても、夜の校舎とか暗い夜道とか……。大体悲鳴を上げて逃げられて……。三年間探して、成人式になった日、あいつらがわたしの最期の場所、学校の屋上に行ってたんです。……反省してればいいと思った。少しでも悔やんでいればと。でも……!」



「まっさか大原が飛び降りるとはなー」


「にしても、日向はよく警察相手に言い抜けたな。「幼馴染が死のうとして! 駆け付けようとしたのに、飛び降りて!」……だっけ」


「大丈夫なのか?」


 男子……自分に性的暴行を繰り返すのを楽しんでいた小寺こでら由紀夫ゆきおが不安そうに聞く。


「大丈夫よ。あたし、警察に知り合いいっから、警察のやり方とか教わってっからさ。それに、屋上にいたのはあたしらと美優しかいなかった。あたしらが口裏を合わせればだーれもそれを信じない。第一、もうすでに過去のことになりかけてんじゃん。学校じゃ美優の幽霊の話が出たけど結局その噂も消える。噂は消えてなくなっちゃうんだから、三年前にこの学校にいた人間もほとんど消えた」


 輝香は楽しそうに言う。


「残ってるのはこのスマホのデータだけ。それだって、「助けようとした」あたしたちのスマホのデータを見ようなんて警察はいないし、結果あたしらは疑われない。それに、退屈もまぎれたし。人が死ぬとこなんて、初めて見たからさー」


 輝香はニヤッと笑った。


「いいモン見たよねー?」

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