64話 新たな知識
翌朝、イスクラと共にドラゴン舎に向かうと、そこにはダミアンさんが立っていた。
体が一瞬こわばる。
あの人がしたことを思い出して、恐怖が足裏から染み込んでくる。
イスクラが私の前に出、唸り声を上げた。
ダミアンさんはそれを見て、降参をするみたいに両手を挙げた。
「昨晩はひどいことをして申し訳なかった、ミルカさん」
「……」
「許してくれとは言わない。ヴォルテールからも厳重注意を受けたし、何より淑女に対してやっていいことではなかった。あなたに怖い思いをさせたことについて、謝罪する」
ダミアンさんは早口で言うと、
「事情はヴォルテールから聞いた。父の仇を取るためなら、俺は何だってする。何か作戦があるなら、存分に俺を使ってくれ。命など惜しくはない」
「……そういう言葉が聞きたいわけでは、ありません」
そう言うとダミアンさんは小さく、すまないと呟いた。
「待ち伏せのようになってしまって申し訳なかった。俺はここに滞在する間、あなたからは距離を置くようにする」
私は少し戸惑った。
ダミアンさんのドラゴンマニアとしての知見は、貴重なものだったからだ。
(ドラゴンに対する熱意は、お父様の仇を討ちたいという思いから生まれているものなのかもしれないけど……。それでも、この人の知識は本物だわ)
それを遠ざけるというのは、感情的な振る舞いのように思えた。
もっともそうしても、誰も私を責めないのだろうけれど。
(そうだ。ここでは私を理由なく責める人はいない。王宮のように、ドラゴンを飼育しているからといって遠ざけられることはない)
そう思うと、勇気が湧いてくる。
自分の言いたいことを言う勇気が。
「……あなたのことを許せるかと言われれば分かりません。ですが、あなたとドラゴンについて話すことができないのは、惜しいと思います」
「では……あなたとまた話しても良いのだろうか」
「話したいと思います。でも、体がすくんでしまうかもしれません、だからそういう時があれば――」
「分かった。あなたが話したくないと思ったらすぐに離れよう。それから、常にギムリか、イスクラと共にいる場であなたに話しかけるようにする」
ダミアンさんは特に気を悪くした様子もなくそう言ってくれたので、私は密かに胸を撫で下ろす。
「あなたは優しい人だ。――またチャンスをくれたことに感謝する」
泣き笑いのような表情を浮かべたダミアンさんは、そう言うと静かに去って行った。
詰めていた息を、はあっと吐く。
知らないうちに全身が緊張していたのだろう。
「難しい関係になっちゃったわね。イスクラ、ダミアンさんと話すときは一緒にいてね」
「『もちろん』」
「……でも、言いたいことは言えた。ふんぎりがつかない気持ちを分かってもらえた」
「『当たり前』『ダミアンが』『全部悪い』」
ふんっと硫黄くさい鼻息を吐くイスクラは、私の腕に尻尾を絡め、
「『朝ごはん』『食べよう』!」
と誘った。
*
ドラゴンの冬場の食べ物について、話そう。
彼らは基本肉食なので、冷凍しておいた肉か、塩漬けにしておいた肉を食べる。
人間が思うほど、大量に摂取するわけではない。
イスクラの大きさなら、一日に必要な肉はバケツ一杯分ほどだ。
春から秋にかけてはバケツ二杯から三杯は食べるから、冬場は明らかに食欲が落ちるのである。
これについてはギムリさんが「冬眠に近い状態なのではないか」と言っていた。
寒さに弱いドラゴンが、北方辺境の寒さに耐えるために、体温と代謝を下げて大人しく過ごす。
確かに冬場のドラゴンは大人しく、外を飛び回ることもあまりないので、理にかなっている。
イスクラ自身も「冬はそんなに食べなくていい」と言っているので、ギムリさんの説が正しいのではないかと思われる。
「とは言え、あなたは冬眠しているとは思えないくらい活動的なのよね。でもご飯を食べる量は減っているし、何か病気とかしてないかしら」
「『してない』『冬は』『火を食べられる』」
「ああ……! そうね、確かにあなた、暖炉の火を消してタリさんによく怒られてるものね」
なるほど。火吹き種は火を食べられるのか!
「夏も火を起こしたら食べられるの?」
「『食べられる』」
「それは火吹き種にとって欠かせないものなのかしら。火種になるとか?」
「『そうでもない』『食べなくても』『火は出せる』」
でも、とイスクラは続ける。
「『火だけじゃ』『生きられない』『肉』『必要』」
「人間にとっての塩みたいなものかしら? でもそれは初めて知ったわ。面白いわね」
「『人間も』『他のドラゴンも』『火を食べない』『不思議』」
「火を食べない生き物の方が多数派だと思うけどね……」
マゼーパ種は雑食、ヴィトゥス種は個体によって牛肉しか食べなかったり、豚肉は絶対に受け付けなかったりするので、少し人間のようで面白い。
ちなみに、ヴィトゥス種は雨でも吹雪でも運搬の仕事をしなければならないので、食事量は秋からさほど変わっていなかった。
「そう言えば、カイルの食事量はあまり変わらないわね。というか、あの体からは想像もつかないほど少食」
カイルは巨大なアルファドラゴンだ。
見上げると首が痛くなるほど大きな体なのに、食べる量は大きめのヴィトゥス種ていどでしかない。
「『魔法のおかげ』」
「魔法でお腹を膨らましてるってこと?」
「『違う』『魔力で体を動かしてる』」
「なるほど……。魔法を使えるドラゴンならではね。魔力はどうやって蓄えるのかしら」
「『ひみつ』」
イスクラはそう言うと、甘えるようにお腹に頭突きしてきた。
「『他のドラゴンの話』『嫌』」
「ごめんごめん。でも気になるんだもの。魔法が使えるってすごいことよね。あなたの吐く焔はいつだってとても強くて綺麗だし、あなた自身も輝いているわ」
「『当然』」
「他のドラゴンが魔法を使えたって、あなたみたいにはならないでしょうね。だってあなたは特別で、美しくて、とても素晴らしいドラゴンだもの」
ドラゴンにお願いをするときのコツ。
それは、手放しで褒めることだ。
「そんな綺麗なあなたの秘密を知りたいな。どうしてそんなに強いのかしら?」
「『……』」
イスクラは鼻の穴を膨らましていたが、ややあって私の耳に口を寄せた。
魔法を使って会話しているので、他の人に聞かれる心配はないのだけれど、人間が内緒話をするときの仕草を真似するイスクラがかわいい。
「『魔力は』『歌から』『もらうの』……『ないしょよ』?」
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