63話 かわいくておそろしい、私のドラゴン
ベッドの中でぎゅうっとイスクラを抱きしめると、尻尾が足に絡みついてきた。
「『今日は一緒に』『寝られるの』『嬉しい』」
「ごめんね。今日はあなたと一緒に寝たいの。我がままを言ってごめん」
「『ごめん』『違う』『嬉しい』」
「……そうね。嬉しいわ。あなたってほんとうに暖かくて、さらさらしていて、良い気持ち……」
暑すぎるということもなく、じんわりとぬくくて心地よい。
イスクラが体温を調節してくれているのかもしれない。だとしたらほんとうに優しいドラゴンだと思う。私にはもったいないくらいに。
――ヴォルテール様と別れた私は、ドレスを床に脱ぎ捨て、薄布一枚でベッドにもぐりこんだ。
途中でタリさんが声をかけてくれたけれど、もう寝るからといって追い返してしまった。
「目まぐるしい夜だったわね」
「『ミルカ』『無事で』『良かった』」
「ありがとう。色々なことが頭をめぐって、こんがらがっちゃってるわ」
「『何が』『こんがらがってる?』」
「ヴォルテール様への気持ちと、ブランカへの気持ち」
あのね、と私は心にわだかまった気持ちを、どうにか言葉にしてみる。
「私、たぶん、ヴォルテール様のことが好きなの。でもそれって私が好きっていうより、ヴォルテール様があれだけ好きって言って下さるから、つられて好きって錯覚しちゃった? だけかもしれないって思うの。それってすごく失礼なことじゃないかしら?」
「『好きな気持ち』『失礼』『ある』?」
「失礼って……思わない?」
「『ミルカが』『私を好き』『理由が』『私がミルカを』『すごく好きだから』『別に怒らない』『嬉しい』」
イスクラは懸命に言葉を伝えてくれる。
「『好きってだけで』『嬉しい』」
「イスクラ……ありがとう~!」
ぎゅうっと抱きしめると、イスクラがおずおずと尻尾を絡めてきた。
決して私の方に爪の生えた手を向けてこないところに、彼女の気遣いを感じて、胸が暖かくなる。
「ヴォルテール様はきっと大変な思いをされてきたと思うし、たくさん助けて頂いたから、何か助けて差し上げたいと思うの。けど……」
「『けど』?」
「ブランカをおとりに使うというのは……やっぱり、承知できなくて」
「『あの気に食わないドラゴン』『おとりにする』?」
「ヴォルテール様はそう仰ってたわ。思わず反対しちゃったけど、いいアイディアが思いつくかというと、そんなこともなくて」
馬鹿みたいだ。考えなしにものを言うからこうなる。
でも、一度ブランカを追い返してしまった身としては、また彼を悲しませるようなことだけは絶対にしたくなかった。
おとりに使って、事が済んでも王宮で独りぼっちのまま、なんて悲しすぎる。
それに、人間の都合に振り回されるドラゴンを生み出したくないから、そんなことを考えるデザストル商会をやっつけようというのに、自分たちが同じことをしていては意味がない。
「『ミルカは』『あのドラゴンと』『一緒にいたい』?」
「えっ? でも、そんなことをしたら迷惑がかかるもの」
「『迷惑かからなかったら』『一緒にいたい』?」
「……そう、そうね」
「『本当を言って』。『イスクラ』『怒らない』」
優しいドラゴンの言葉に励まされるようにして、私はおずおずと口を開く。
「ブランカと、イスクラと、この北方辺境で一緒に過ごしたい。季節の美味しいものを食べて、峡谷を飛び回りたい。夜はあなたたちの吐息とにおいを感じながら眠りたい、それができたら、どんなに素敵なことかしら」
「『うん』『イスクラも』『そう思う』」
「でも、そんなことをしたら……。北方辺境に迷惑がかかってしまう」
「『あのドラゴンが』『貴重だから』?」
「ええ。彼が王の聖なる気を吸って成長するから、彼を側に置けば王になれると考える人間がいるの」
言っていてあんまり論理的ではないなと感じた。
イスクラは首を傾げながら、
「『あのドラゴン』『大きくない』『王様にふさわしい人間』『いない』」
「そう考えたくないのよ、ハンス皇子は」
「『分からない』『火より明らか』『王様にふさわしくない』」
「それを受け止められるほど、強くないのでしょうね」
ふうんと鼻息を漏らしたイスクラは、それからびっくりするようなことを口にした。
「『じゃあ』『殺せばいい』」
「えっ?」
「『ドラゴンは』『いつもそうする』『気に入らないものは』『殺す』」
「それはもうクーデターになっちゃうわね……」
人間の常識など知らないドラゴンは、時折大胆なことを言う。
それにしても、ブランカは今まで人間に対して、ここまで強い言葉を使うことはなかった。
やはりドラゴンを身勝手に使う人間たちに、怒りを覚えているのだろうか。
「『でも』『ミルカが嫌がるから』『しない』」
「分かってくれてありがとう」
「『だけど』『ドラゴンは』『忍耐強くない』『だから』『早くどうにかして』『じゃないと』」
「……じゃないと?」
イスクラは囁くように言った。
「『イスクラがミルカをさらってしまうよ』『誰もいないところ』『誰も手の届かないところに』」
火吹き種の艶やかな金色の目が、独占欲を秘めてぎらりと輝いた。
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