54話 ダミアン
私は馬鹿みたいにぽかんと口を開けたまま、ダミアンさんを見上げた。
長身はそのままに、ひげがすっぱりと剃り落とされている。
もっさり長かった髪は後ろで一つにまとめられ、前髪は後ろになでつけられた、いわゆるオールバックになっていた。
夜会服は地味だが、節くれだった指に大きな宝石のついた指輪をたくさんはめていて、イスクラがじっと見つめていた。
「ダミアンさん、おひげを剃られたのですね……!」
「タリにやられた。『そんなむさくるしいなりでヴォルテール様の夜会に出るなんてありえません!』と言われてな」
ひげをそったダミアンさんは、ヴォルテール様に雰囲気が似ていた。
どこか野性味を残しつつも、洗練された顔立ちで、美丈夫という言葉が似合う。年齢不詳な感じがなくなり、三十代くらいかな、という印象を受けた。
ダミアンさんはイスクラを見て「美しい首飾りだ。よく似合っているぞ」と褒めてくれた。
イスクラは誇らしげに胸を張っていたが、ひげのないダミアンさんの顔を見て、
「『ダミアン』『ひげ』『ないほうが』『面白い』」
「ふふ。イスクラが、ダミアンさんはおひげがない方が面白いって言ってます」
「それは褒め言葉なのか……? 俺はスースーして落ち着かないがな」
呟くとダミアンさんは、マゼーパ種が出入りするガラスケースの方を見やった。
先程話した男の子は、まだそこにいる。目をきらきらさせながら。
「キリルと話してくれてありがとう。あいつはドラゴンがたいそうお気に入りでな、少し危なっかしいところもあったんだが」
「あの年頃は難しいですよね。好奇心の方が勝ってしまいますから」
「だがミルカさんが話してくれたおかげで、ドラゴンと接する具体的なイメージが固まったようだ。やることが見えてくれば、そう危ない橋も渡らんだろう」
「それなら良かったです」
ダミアンさんはしげしげと私を見つめた。
好奇心たっぷりの眼差しに、横のイスクラがわずかに前に出る。
「『ミルカは』『私の』」
「だ、大丈夫よイスクラ。別に取られるわけじゃないんだから」
「『分からない』『ミルカは』『宝物だから』『みんな』『欲しい』」
「そんなに貴重なものになった覚えはないわよ」
どうもドラゴンというものは、自分の執着したものの価値を異様に高く見積もる傾向があるらしい。
イスクラにとって私は確かに貴重な存在だろうけれど、皆がそうとは限らないのに。
ダミアンさんはそんな私たちのやり取りを、興味深そうに見つめている。
いつものひげや長い前髪がない分、表情がすぐに分かって面白いのだけれど、目力の強さに少したじろいでしまう。
「あなたは面白い女性だ。王宮の夜会にいてもおかしくはない美貌と礼儀作法を持ちながら、泥と糞にまみれてドラゴンの世話をする。世慣れていないように見える時もあれば、老成したことを口にすることもある……」
「はあ」
「おまけにこれほど火吹き種に懐かれている」
その上、とダミアンさんが間髪入れずに発した言葉は、私の心臓を縮み上がらせた。
「その上、その身に呪いを受けている」
「……えっ?」
「あの日、魔法が見えるようになってから――気づいた。あなたの体には呪いが刻まれている」
「何を仰って、」
ダミアンさんは食い入るように私を見つめている。その目は冷静さを欠きつつあった。
「分かる、俺には分かる。その呪いからはあの時と同じ匂いがする。父を殺したドラゴンと同じ匂いだ……!」
「ど、どういうことですか。仰っている意味が分かりません……!」
あまりの気迫に、思わず後ずさる。前髪に隠されていないダミアンさんの目は、怒りと期待を
(いけない、冷静にならなければ。今は夜会の真っ只中なんだもの、事を荒立ててはいけない)
私の動揺を感じ取ったのだろう。イスクラが鱗を逆立て、ダミアンに向かって爪を立てる仕草をする。
私を守ろうとしてくれているのだ。
けれど、その気持ちを喜んでばかりもいられない。
人間との共生下にあるドラゴンは、命令がない限り、人間に対して攻撃的な態度を取ってはいけないという
これはひとえに、ドラゴンが人間を傷つけ、殺処分されるような不幸な事態を防ぐためのもの。
だから、少なくともドラゴンが人間に敵意を見せたら、厳しく叱らなければならない。
「駄目よ! 人間を攻撃しては駄目、イスクラ」
「『でも』!」
「ごめんなさい、あなたが私を守ろうとしてくれていることは分かるの、でも人間を傷つけることは決して許されていない……!」
これが、ドラゴンを「飼う」ことの難しさなのだ。
彼らが人間を害することのないように見張ることはもちろん、ドラゴンが少しでも命令に反したり、攻撃的なそぶりを見せたりすることのないように、彼らに対して厳しく接しなければならない。
たとえイスクラが、自分を守るために行動してくれているのだとしても、だ。
例外は作ってはいけない。
私とイスクラの
払いのけることができない、強い力だ。彼はそのまま私をホールの外へ引っ張ってゆく。
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