51話 北方辺境の本気
冬の夜会こそ北方辺境における最高の娯楽、とタリさんは言っていた。
――その意味が、分かった。
「すごい……!」
「きゅうっ」
ずらりと並んだ豪華な食事、高そうなお酒に果物、強く掴んだら割れてしまいそうな薄いグラス。
そして広間を飾るシャンデリアや、恐ろしく細工の凝った調度品。
いや、これだけなら王宮の夜会でも見られる。
贅沢だけれど、珍しいというものではない。
もっとすごい、北方辺境ならではの光景は、天井にあった。
天井はカイルが立ち上がれるほどに高く、ガラス張りになっていて。
天井と屋根の間の空間で、ドラゴンたちが好きなように動き回っている姿が、下から見られるのである!
「ドラゴンのお腹を見上げるのって、新鮮な気分だわ……。それにしても、カイルってすごいのね。あのガラスが割れないように魔法をかけているのでしょう?」
「『イスクラも』『できる』……『教えてもらえば』」
「ふふ、きっとそうね」
ガラス越しに見るヴィトゥス種のお腹というのも新鮮だ。空を飛んでいる時に見えなくはないけれど、ここまでじっくりと眺める余裕はないし。
イスクラと一緒に上を見上げていると、横から声をかけられた。
「こんばんは、美しいレディ。なんと見事な装いでしょう!」
「こんばんは」
恐らくはク・ヴィスタ共和国の貴族と思しき人が、私に大げさなお辞儀をした。
年齢は二十代くらいだろうか。胸を彩るスカーフには、恐らくスパンコールのようなものが散りばめられていて、きらきらしている。
「私は目を疑いました。この辺境にあなたのような美しい真珠が眠っていたとは! 艶やかな金髪、それを引き立てるシックな色のドレス……何と言ってもその翡翠色の瞳の美しさは例えようもありません」
「あ、ありがとうございます……」
お礼を言いながらひやひやする。こういう時はドラゴンから褒めるものだ。
(この人、ドラゴンに慣れていないのね。ああ、イスクラがへそを曲げちゃってる)
「私のドラゴンに比べれば、大したことはありませんわ」
「とんでもない! その謙虚な振る舞いは、レディ、あなたの美しさを増すだけですよ。見かけによらず小悪魔なのですね」
「は、はは……」
(違うのそうじゃないの、ちゃんとイスクラを褒めてあげて~!)
案の定イスクラはそっぽを向きながら、喉の奥で低く唸った。これは彼女の警戒音だ。
もちろん、少し気に入らなかったからといって、人を傷つけるようなドラゴンではない。
けれどこの人の、ドラゴンに対する振る舞いは、今のうちに指摘してあげないと困ったことになるかも知れない。
どうやって注意をしようか考えながら口を開くと、その人がぱっと手を伸ばして私の手を握った。
「どうか私に、最初のダンスを踊る権利をお与え……」
「やあミルカ嬢! 良い夜ですね!」
その人と私の間に割り込むようにして現れたのは、ケネスさんだ。なぜか焦ったような顔をしている。
ケネスさんがぎろりと男性を睨み付けると、男性は慌ててどこかへ行ってしまった。
それを見届けたケネスさんは、にっこり笑ってイスクラに声をかけた。
「イスクラ、良い宝石つけてるな。色がお前の体色によく似合ってる」
早速イスクラを褒めてくれるケネスさんは、さすがにドラゴンの習性を心得ている。
イスクラは自慢げに胸を突き出し、私の贈った宝石を見せびらかしていた。
ケネスさんは、いつもの分厚い外套ではなく、洒脱な盛装に身を包み、髭をこざっぱりと剃っている。
「ケネスさんも夜会服がお似合いです」
「おっと、先を越されちまいましたね。ありがとうございます。ミルカ嬢もお美しい! ドレスと髪型がシンプルなだけに、お顔の美麗さが際立ちますね」
そう言ってケネスさんは、ちらりと後ろを振り返った。
「あまり褒めるとヴォルテール様から叱られそうなので止めておきましょうか。いやはや、あの方も苦労してるわ」
ケネスさんの視線の先には、カイルと共に佇み、
私とヴォルテール様は、一緒に入場こそしたものの、それからは挨拶に人々が押し寄せたため、いつの間にか離れ離れになっていた。
北方辺境領主と共に入場した年頃の娘、ということで、何人かからは声をかけてもらった。
火吹き種という珍しいドラゴンを見せて欲しいと言われ、イスクラがへそを曲げないように注意しながら、彼女を紹介した。
上手く対応できていることを祈るばかりだ。
「どうです、夜会は? 遠くから見ていましたけど、見事な客あしらいじゃないですか」
「そうだと良いのですが。ヴォルテール様の足を引っ張らないようにするのが精いっぱいです」
「上手にイスクラを紹介されていると思いますよ。皆満足しているようです」
「ありがとうございます。でもお客さんが満足しているのは、この夜会のセッティングが素晴らしいからだわ。あの天井のガラス、すごいですね!」
「ガラスの趣向を考えたのはヴォルテール様ですが、俺も一つ考えましたよ。こっちです」
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