47話 魔法を識るもの


 ダミアンさん、ギムリさん、そして私は、ヴォルテール様の執務室を訪れた。

 私たちが持ってきた薬漬けの虫を見、ヴォルテール様は首を傾げた。


「魔法は使われていないようだが」

「どうしてそれが分かるんでしょう」

「魔法を使ったあとには紋章のようなものが浮かび上がるんだ」


 初耳だった。ヴォルテール様は淡々と説明する。


「魔法を使うためには魔力が必要だ。その魔力の痕跡が、紋章の形をとる。なぜならば人間の使う魔法は、流派に則ったものだからだ。紋章はいわば流派の証明になるわけだな」

「タペストリーの織りにも流派がありますが、流派によって使う色や模様が違いますよね。それと同じことでしょうか」

「ミルカ嬢の理解で正しい。その紋章は、魔法を知る者にしか見ることができない」


 そう言うとヴォルテール様は、部屋の隅にあった洗面用のたらいを持って来ると、薬漬けの瓶の蓋をこじ開けた。

 きつく匂う薬品と共に、虫の死体がたらいに流れ込んだ。

 ヴォルテール様は懐からナイフを取り出すと、その虫を真っ二つに切断した。

 昆虫の節がばきりと折れ、傷みかけた内臓が糸を引く様が見えた。


「……やはり。虫の体内に魔法が使われているな」

「?」

「あなたたちにも見えるようになる。……そこに『ある』だろう。紋章が」


 最初は言っている意味がよく分からなかった。

 けれどじっと見つめていると、次第にだまし絵のように、形が意味を持ってくる。

 光が粒となって集まり、一つの形を作り出す。


「あ……! み、見えました! 鳥が翼を広げているようなマークですね!?」

「俺にも見えたぞ!」


 ギムリさんが興奮したように言う。ダミアンさんは一人得心したように頷くばかりだ。


「なるほど。魔法を知るものは、魔法が使われた痕跡が分かるようになるのか」

「ああ。魔法そのものを見たことが無くても、私のように魔法を詩っている人間が『ある』というだけで、紋章が見えるようになるんだ。しかも魔法の紋章は、一度知ったら二度と忘れない。あなたたちは魔法の痕跡を見る目を得たのだ」


 ダミアンさんは首を傾げた。


「しかし、これが意味するところは一体なんだ……?」

「この虫が自然に発生したものではない、ということだけは確定だな」

「確定したのがその情報だけでは、何ともな」


 腕組みをしたギムリさんが、顔をしかめた。

 確かにそうだ。魔法がかけられていることは分かったが、次に浮かんでくる疑問は「誰が、何のために」だから。


「ヴォルテール様。この紋章から、魔法を使った人を特定することはできるのでしょうか」

「さすがにそこまでの知識はないな……。私は魔法を使えるわけではないし、魔法を使える人材にも心当たりはない。カイルに聞いてみるか」

「私も、イスクラに聞いてみます」

「困ったときのドラゴン頼みだな」


 ダミアンさんの言葉に、ギムリさんが生真面目に頷いた。

 そうして私の方を見ると首を傾げる。


「ミルカ嬢のそれはなんだ? 体の上に、幾重もの魔法の痕跡が見えるぞ」


 そう言われて自分の腕を見ると、色とりどりの線のようなものが、ぼうっと光って浮かび上がるのが分かった。

 今まで全然気づかなかった。


「魔法の痕跡は、使い手が人間であるかを問わず、全ての魔法に対して現れる。――あれは、ミルカ嬢が火吹き種に溺愛されている証だ」

「つまりこれは……イスクラの魔法の痕ということですね?」

「守護の魔法だろう。私もカイルによくかけられる。ドラゴンはお気に入りの宝物には魔法をかけて手放さないからな」

「お気に入りの宝物ですか。ふふ、何だかこそばゆいですね」

「違うドラゴンのものも混じっているが、それはきっとブランカのものだろう」


 ブランカの。

 そう聞くとなんだかわけもなく嬉しくなる。そして少しだけ、彼を王宮に追い返したことに、後ろめたさも覚える。

 俯くと、視界の端を、やけにどす黒い丸い光が過ぎった。

 それはさそりのような形をしており、禍々しさを感じさせる。


(これは……何? 私の体から発せられているもの、かしら?)


 私は急いでその光を目で追ったが、それは空中に吸い込まれるように消えてしまった。


(今のは……?)


 顔を上げると、真剣な顔をしたダミアンさんと目があった。

 彼はふいと顔を逸らすが、もしかして、今の黒い光を彼も見たのだろうか。

 聞いてみたかったが、ヴォルテール様が


「さてダミアン! そろそろ昼食の時間だろう。たまにはうちの食堂でどうだ」


 と、大きな声を上げたので、タイミングを逃してしまった。


 私たちはヴォルテール様に追い立てられるようにして、食堂へと向かうことになった。

 食事中にでも話せるかと思ったのだが、途中で出くわしたタリさんが、


「うわダミアン、一年ぶりじゃないですか! 相変わらずモサい出で立ちですねー!」


 と一行に加わったおかげで、昼食はそれはそれは賑やかなものとなり、私の疑問はうやむやになって、いつの間にか忘れてしまっていた。

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