46話 ドラゴン専門家たちの見解



 翌朝、ドラゴン舎に向かうと、ギムリさんと話し込む長髪の男性の姿があった。

 もっさりとしたヒゲ、もっさりとした髪。

 ダミアンさんだ。

 帽子を取っても顔が髪とひげで隠されており、表情が読みにくい。


「おはようございます」

「おはようミルカ嬢。昨日ドラゴンマニア……ダミアンには会ったと聞いたが」

「はい、昨日お会いしました。早速ドラゴン舎にいらして下さったんですね」


 こくりと頷くダミアンさんは、やっぱり大きい。私も小柄な方ではないが、見上げないといけないくらいだ。

 長いぼさぼさの髪を後ろでまとめ、革製品を多く用いた出で立ちは、かなり野性味がある。


「黒朱病の虫を保存しておいただろう。あれを見てもらったところだ」

「ああ、薬品漬けにしておいたものですね。どうでした?」


 するとダミアンさんは、側の机から、薬漬けになった虫が入っている瓶を取り上げた。


「ここ、足の部分が見えるか。このふしは、虫の年齢を示しているんだが、どう見ても若い」

「若い……。成虫ではないということでしょうか」

「ああ。寄生虫はドラゴンの鱗の隙間から体内に入り込む。そのためには皮膚を食い破るための顎が成長しきっている必要があって、その顎が成長した段階で成虫になる」

「でもこの虫の節の数を見る限り、成虫の段階ではない、と?」

「なのに顎が発達している。不自然だ」


 私はもう一度、液体の中に浮かぶ虫を見てみた。

 節が少ないと言われてもよく分からない。でも、ギムリさんが、三年ほど前の寄生虫の標本を持ってきてくれたので、比べることができた。


「なるほど……! 確かに節の数が二つ足りないですね。でも顎の形は同じです」

「通常の個体より早く成長する変異種だろうか? だから秋の初めに黒朱病が発生したのか?」


 ギムリさんの言葉に、ダミアンさんは首を傾げる。


「顎だけが早く成長するのは妙だ。見たことがない」

「……誰か人間が手を加えた虫、とか?」


 私が呟くと、ダミアンさんとギムリさんがぱっとこちらを見た。

 二つの眼差しを受け、私は少しどぎまぎしながら、いつも携えているスケッチブックを開いた。

 そこに描かれているのは、アールトネン家の曾祖父の代から引き継がれてきた、ドラゴンにまつわる記録だ。


「曾祖父は一族の中で唯一南方行きに成功し、無事戻って来た人なのですが、そこではドラゴンの治療のために、虫を育てるやり方が使われているそうです」

「治療のために?」

「はい。ドラゴンの慢性疾患は爪の炎症の他に、鱗の病変……人間で言うところの皮膚病のようなものがありますが、それを治癒するために、ある虫を使います」


 その虫はかさついた鱗の剥がれたところを食べ、代謝を促進してくれるのだそうだ。

 鱗の折り重なった部分や、狭いところに潜り込むためには、虫は小さい方が良い。

 けれどあまり小さいと、今度は鱗を食い千切るための顎が育たない。

 だから彼らは、虫の体を小さく留めたまま、顎だけを成長させる術を使ったのだそうだ。


「そういうわけで、南方では、虫の特定の部分だけを成長させるやり方があるようなのです」

「顎だけを成虫にする方法、か。今回の黒朱病のケースと同じだな」


 ギムリさんの言葉に頷き、私はスケッチブックの該当部分を見せた。

 ダミアンさんも覗き込んできて、私たちは頭を突き合わせるみたいにして、スケッチブックの内容を読み込む。


「しかしどうやったらそんなことが出来るんだ。成長の早い虫同士を掛け合わせるのか?」

「いや、顎の大きさと体の小ささは両立しないだろう。体が大きく成長しないと、顎も育たないのだから」


 ダミアンさんは腕を組み、ギムリさんに尋ねた。


「黒朱病は、狩りの時期にずっと現れていたのか?」

「いや、初秋の一回と、晩秋に少し見られた程度だ。初秋に発生した件を除けば、例年通りと言える」

「ならば、イレギュラーは初秋の一回限り。この虫だけということか」


 そうして彼は静かに呟く。


「魔法か?」

「魔法……? 虫の改良に、魔法を使うんですか」

「南方ではドラゴンがたくさんいる。魔法に関する知識もその分残っているのではないか」

「スケッチブックに何か魔法についての記述はないのか、ミルカ嬢」


 私は首を傾げながらスケッチブックをめくる。

 魔法についての記述は一切ない。南方で魔法が使われていたとしても、部外者である曾祖父には見せなかったのかも知れない。


「魔法については特に書かれていないですね」

「ドラゴンマニア、お前は何か魔法について知っているのか?」

「昔、そういうドラゴンを見たことがある。背中に水晶が発生するドラゴンがいるのは知っているだろう」


 私とギムリさんは同時に頷く。


「見たことはないが、そういうドラゴンがいるということは知っている。水晶が体から生えてくるから、その水晶目当てで乱獲されたことがあるそうだな」

「まさに俺が見たのも水晶目当てで育てられたドラゴンだった。体は馬くらいの大きさしかないのに、背中に発生した水晶が異様に大きくてな。栄養をそっちに持って行かれて、衰弱した状態だった」

「かわいそうに……」

「それは魔法というよりは、水晶が大きな個体を掛け合わせて作られているようだったがな」


 ギムリさんが険しい顔で、


「水晶の大きい個体を狙うのではなく、水晶だけを大きくするというのが、いやらしいな。水晶が大きければ体も大きく、水晶を奪う側も命がけになるが、体が小さければ、大した抵抗も受けずに、大きくなった水晶だけを奪うことができる……」

「そんな乱獲が行われていたなんて、知りませんでした。ひどすぎます……! 人間の都合と勝手で、ドラゴンの在り方が歪められて良いわけがありません」


 思わずそう口走ると、ダミアンさんが深く頷いた。


「だが人間の欲は、時として魔法を用いてでも、誇り高いドラゴンを貶めようとするのだ。今回の黒朱病の虫についても、人間の魔法がかけられたものだと言われても、俺は驚かない」

「むう……。しかし、魔法をかけられていたとして、一体誰が、何のためにそんなことを……」

「分からん。だが、この虫に魔法がかけられているかどうか、という点については、ヴォルテールに聞けば分かると思う」

「ヴォルテール様が?」


 驚くと、ダミアンさんは短く言った。


「あれは魔法をっている」

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