45話 ドラゴンマニア
「あまり怯えさせないでくれ。彼女は王宮から来たご令嬢なんだ」
「令嬢? そんな出の良い娘が北方辺境にいるということは、権力争いにでも負けて流罪された、といったところか。罪を犯したようには見えないからな」
「ご
そう言うとヴォルテール様は、男性の腕を強めに小突いた。いつもは見せない、男らしい仕草だ。
「それよりお前、自己紹介をしていないだろう」
「ああ、悪い。俺はダミアンだ。ドラゴンについて独自に研究している。この地の人間には、ドラゴンマニアなどと呼ばれることもある」
「ではあなたが、ギムリさんの仰っていた方ですね!」
ギムリさんが事あるごとに言っていた、冬にやって来るというドラゴンマニアは、この人だったのだ!
ついに出会えた喜びに思わず笑みを浮かべると、ダミアンさんも微かに目の光を緩ませた。
「ギムリを知っているのか」
「はい! ギムリさんと一緒に、ここのドラゴンの飼育を行っています」
ダミアンさんの目がまた輝いた。そうすると見た目のいかつさが少し和らいで、親しみやすくなる。
(見た目の怖さとは裏腹に、子供みたいに目を輝かせるのね。面白い人)
「何でもギムリが、
「そうなのです。秋の初めに黒朱病に
「黒朱病が秋の早い段階で発見されることが全くないわけではない。ギムリからその相談を受けて記録を漁ってみたが、今のところ――」
「おいおい、立ち話はその辺にしてくれよ」
ヴォルテール様が私の手を再び引いて、ダミアンさんの前に立つ。
声が少しだけイライラしているように感じるのは、私の気のせいだろうか。寒い所にいすぎたせいかもしれない。
「寒い中お前の犬たちを待たせるのも忍びない。いつも通り『南極星』に部屋と
「助かる。ああ、案内は不要だ。……また話そう、ミルカさん」
「はい!」
ダミアンさんは犬ぞりの方に戻ると、他の面々を率いて街の方へ向かって行った。
「……あの、ヴォルテール様」
「今日はあと一組、ク・ヴィスタの公爵夫妻がやって来る。若い奥方で、スキーを大層好まれる方だ。『南極星』ではなく、私の城に宿泊頂く」
「そうなのですね。あの、でも、それより、手を……」
私はいたずらに足を動かして逃げようと試みるが、ヴォルテール様からは逃れられなかった。
彼の手は、しっかりと私の手を掴んでいた。腕ではなく、手を。
もちろん分厚い手袋越しだ。私たちは着ぶくれていて、ロマンチックさとは程遠い。
それでも、ヴォルテール様の気持ちを知っている今、穏やかではいられない。勝手に顔が赤くなる。
「――この地における冬の夜会は、王宮における社交界のようなものだ。花嫁探し、花婿探しの面も兼ねている」
「え……」
「ゆえに、あなたに言い寄る者は数え切れぬ程いるだろう。あなたはそれだけ魅力的な女性だ。あの情緒が死んでいるのかと思うような男でさえ、あなたを見て目を輝かせていた」
「情緒が死ん……ダミアンさんのこと仰ってますか?」
酷い言われようだ。しかしヴォルテール様はあくまで本気で言っているらしい。
長いまつ毛に雪のかけらを積もらせながら、ヴォルテール様は淡々と告げる。
「あなたがこの夜会で良い人を見つけることがあれば、それは私にとっての喜びでもある。あなたが幸せなら、私も嬉しい」
「ヴォルテール様……」
「もっとも、あなたには列をなす求婚者の中から、私を選んでもらうことになるがな」
不敵に笑ったヴォルテール様は、ぱっと手を離した。
「愛とは相手を自由にし、相手の選択を尊重することだという。例えそこに自分の幸せがなくとも」
「相手を、自由に……」
「ああ。ならば、あなたが自由に選んだ先に私がいるのが、一番望ましい在り方だ。そうだろう?」
「よく分からない、です」
「ならば今はただ見ていろ。私はドラゴンの如く執念深いぞ」
そううそぶいてヴォルテール様は、遠くから再び聞こえる鈴の音に、湖の方を見やるのだった。
助かった、と思う。
顔が赤くなっているのを知られずにすむから。
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