48話 夜会の支度
それからもぱらぱらと訪れるお客さんに挨拶をしたり、ドラゴンを見せたりしているうちに、とうとうあの日がやってきた。
夜会。
そう、夜会だ。恐るべき晴れの舞台。
冬の北方辺境における、ほとんど唯一の娯楽。
私はヴォルテール様から贈られたドレスのうち、タリさんおすすめの濃紺のドレスを纏っていた。
これだけで良いと何度も言ったのだけれど、結局残りのドレスは皆「いつか使って欲しい」というヴォルテール様のお言葉と共に、私の部屋のクローゼットにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
そうして私は鏡台の前で、タリさんにヘアセットと化粧をしてもらっていた。
化粧を終えたタリさんは、顔を上げて叫んだ。
「ミルカ嬢、ものすごくお綺麗ですね!?」
「タリさんがこんなに綺麗に髪と化粧をやってくれたからよ。ありがとう、凄腕ね」
「いや確かに私のヘアセットテクニックは、王宮でも評判でしたが、ここまで綺麗に仕上げられたことはありませんよ。元が良すぎるんですミルカ嬢は!」
タリさんは椅子に座っている私を、色々な角度から嘗め回すように眺めていた。
「絹糸みたいな金髪に、ほっそりとした白い首……。黒目がちの目はマスカラしたらえげつない大きさですし、小さめな唇のおかげでどんな色の紅でもめちゃくちゃ品良くなるの、ほんと凄いですよね」
「あ、ありがとう……」
照れくさくなりながらも、私は改めて鏡を見る。
そこには綺麗に着飾った私が写っている。
ドレスもそうだが、合わせて贈られた宝石類も立派なものだ。とても私のお給料では買えそうにない高級品。
(こんなに良くしてもらえるなんて、想像もしていなかった。私はきっとこの寒い土地で、一人で死んでゆくものだとばかり思っていた……)
北方辺境への追放。アールトネン家の断絶。
最悪の状況だったはずなのに、北方辺境の人たちとドラゴンたちが良くしてくれたおかげで、私は夜会に出られるまでになった。
未だに信じられない。嬉しいようなこそばゆいような気持ちの奥に、罪悪感がちくりと覗く。
(こんなに恵まれていて良いのかしら。私はこのドレスに値する人間ではないのに)
鏡の中の表情がかげり、私は慌てて暗い感情を振り払う。
これから夜会なのだ。辛気臭い表情をしていては、ホストのヴォルテール様の顔に泥を塗りかねない。
私は気を取り直して立ち上がると、そわそわしているイスクラの方に近寄る。
「あなたもおめかしをしなくちゃね」
「『なに』? 『箱』『イスクラへ』『プレゼント』!?」
「そう。似合うと良いんだけど」
小さなベルベットの箱を開けると、そこには吸い込まれるような深緑のエメラルドの首飾りがあった。
イスクラはぴょんと飛び上がり、輝くエメラルドをじいっと見つめている。
私は首飾りをイスクラの首にかけてやった。飛行中でも外れないよう、しっかりと金具を止める。
「爪飾りを考えてたんだけど、大きくて良質のエメラルドがあったから、首飾りにしようと思って。横のダイヤが良いアクセントでしょ」
「……『大好き』!」
イスクラは滑るように床を走って、私が今まで座っていたドレッサーの前に辿り着くと、自分の首をしげしげと眺めた。
「『似合う』『似合う』! 『すごく』『いい』『気に入った』」
「ほんとう? 良かった」
「『ミルカ』『大好き』『嬉しい』!」
「私もあなたが大好きよ、イスクラ」
ドラゴンの好みは難しい。気に入ってもらえて良かった。
「あれ、ミルカ嬢がデザインしたんですか?」
「ええ。ちょっとアシンメトリーにしたくて、小さなダイヤを何個か足してみたの」
「一点ものだし、良いですね。イスクラも喜んでるんじゃないですか」
イスクラの満足ぶりに、私は胸を撫で下ろす。
何しろブランカからの魔法の手紙を受け取ってから「あのドラゴンはミルカからもらった宝石を身に着けているのに、自分はミルカから宝石をもらったことがない」と、おかんむりだったのだ。
すっかりご機嫌なイスクラは、首を傾けたり、後ろを向いたりして、首飾りの様子を確かめている。
「やっぱり女の子ですねえ。確認の仕方が入念」
「そう来ると思って、ちゃんとキラキラして見えるように、裏側にも模造ダイヤを敷き詰めたの。予算の都合もあって、全部本物のダイヤにはできなかったけど」
「いやいや、さすがです。……と、そろそろお時間ですね。ミルカ嬢もイスクラも、行きましょう」
するとイスクラはすっ飛んできて、私の横にちょこんと立った。
尻尾を私の腕に絡めて、前足を上げる二足歩行の状態になると、見上げなければならないほど高い位置に頭が来る。
「あなた、背が高いのねえ」
「キュッ」
得意げに鳴いたイスクラは、そのまま私をエスコートするように廊下に出る。
そう。今晩の夜会は、ドラゴンを伴って参加してもいいという、北方辺境らしい夜会なのである!
私はこの日のために作った、イスクラの爪のカバーを取り出す。
もちろんイスクラに人間を傷つける意思は全くない。
だが、ドレスのような薄布では、ドラゴンが少し触れただけでも裂けてしまうし、傷つけかねない。
革でできたカバーをイスクラの爪にはめ、ボタンを留めると、彼女は少し居心地悪そうに体を揺すった。
「ごめんなさいね。でも、これがあった方が、皆が安心できるのよ」
「……『分かった』『がまんする』」
「ありがとう」
鱗をくすぐるようにしで撫でると、軽く首を寄せてきた。
夜会でイスクラをお披露目できるのが嬉しい。こんなにかわいいドラゴンなのよ、と皆に言いふらしたい。
「そういえば、カイルは夜会の会場に入れるのかしら……。かなり大きいものね」
「その辺りはご心配なく。この街が夜会にかける本気度をご覧に入れますよ」
どこか自慢そうなタリさんに連れられて、私とイスクラは廊下を進んだ。
そうして案内された場所は、一階の北の端の方だった。今まで見たことのない廊下と、巨大な扉が見える。
「ずいぶん天井の高い廊下ね。あの扉もすごく背が高いし。こんな場所あったかしら?」
「増築したんだ。夜会のために」
ヴォルテール様の声だ。
振り向くと、それはそれは見事な盛装をしたヴォルテール様が佇んでいた。
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