39話 告白


 シンプルな室内に、ドレスの花が咲き乱れている。

 十着以上は確実にあった。トルソーに着せられたドレスは緑や青を基調としたものが多く、いずれも豪華なアクセサリーや靴まで添えられて、トータルコーディネートされている。


「これは……凄いですね……!」

「当然です。私が集めてきて、ヴォルテール様の容赦ようしゃないだめ出しを潜り抜けた逸品ですから」


 どこかやけになったような口調でタリさんが言う。

 色々なドレスのスカートを広げて見せてくれるのだが、どれも王族が着るような上品かつ高級なものばかりで、現実味がない。


「やっぱりミルカ嬢には上品なグリーンやロイヤルブルーが似合うと思うんですよね。目の色とも合いますし」

「赤も映えると思うのだが、ミルカ嬢は赤があまり好きではないだろう」


 ヴォルテール様の言葉に、私は驚いて頷いた。


「赤を着ると、私の金髪がより派手に見えるので、着こなしが難しくて……。でも、どうしてお分かりに?」

「普段着ている服や、ちょっとした小物を見れば何となく分かる」

「さすがアルファドラゴンに乗られているお方です。観察力が凄いです」

「相手があなただからだよ。ミルカ嬢以外の女性を観察しようとは思わない」


 さらりと言ってヴォルテール様は、近くにあった、胸元の開いたドレスを示した。


「私の一番おすすめはこれだ。ネックレスを合わせれば夜会映えするぞ」

「あっずるい! ミルカ嬢、私のおすすめはあれです。あのブルーのやつ、ちょっと首元が詰まってる代わりに、腕を出しているのが洒落てますでしょ。今の流行なんですよ!」


 タリさんが奥の方からトルソーを引っ張って来る。

 確かに胸元がそこまで開いていない。腕がむき出しのように見えるけれど、手袋を着けるから、そこまで肌の露出はないだろう。

 そこまで考えてはっとした。


(もしかして夜会に出る時は、このドレスをお借りできるということかしら……? 冬は物入りだし、あんまり被服費にお金を出せないけれど、変なものを着てヴォルテール様に恥をかかせるより断然良いわ)


「あの、一着お借りするのにどのくらいの費用がかかりますでしょうか」

「費用?」

「あと、できましたらあまり背中の出ないドレスだとありがたいです」


 背中は絶対に見せられない。

 ――『体に忌まわしい傷を持つ女など、誰が婚約者にすると思う?』

 私とお見合いをした男たちの、あの言葉が蘇るから。


 タリさんとヴォルテール様はきょとんとした顔をしていたが、ややあってヴォルテール様が、


「すまないタリ、少し席を外してくれるか」

「了解です。ヴォルテール様。普通これだけされたら、何となく分かるはずなんですけどねー」


 そう言って、なぜかタリさんが部屋を出て行った。

 ヴォルテール様が私に向き直り、改まった様子で言う。


「言葉が足りなかった。ここにあるドレスは全てあなたのものだ。あなたに贈らせてほしい」


 今度は私がきょとんとする番だ。


「贈る……!? いえそんなのいけません、毎月きちんとお給料は頂いておりますし」

「好きな女性に贈り物をして気を引こうとするのは、男の性なんだ。受け入れてもらえると助かる」

「す、好きな女性……!? そ、そんな冗談を言ってけむに巻こうとしてもだめですよ」


 顔が赤くなる。冗談に決まっているのに、真に受けてしまいそうになる自分が恥ずかしい。

 ヴォルテール様はそんな私の手を取った。

 熱い手のひらに、どきりと心臓が跳ねる。


「冗談ではない。これはあなたを口説く一つの手管てくだなのだ」

「口説くなんて……。ヴォルテール様なら、選び放題でしょう。何もこんな、私のような人間を選ばなくても」

「あなたでなければだめだ、ミルカ嬢。私はあなたが好きなのだから」


 意味が分からない。どんどん体温が高くなって、今なら私もイスクラみたいに火が吹けるんじゃないかという気持ちになる。

 ヴォルテール様の灰色の眼が、狩りをする狼のように鋭く細められる。


「あなたのように美しく、聡明で勇敢な女性を手に入れられるのならば何だってしよう。どうしたらあなたが手に入る? 教えてくれミルカ嬢、あなたの理想を。あなたが求める男を」

「ひえ……」


 雨のように浴びせられる口説き文句に言葉が出て来ない。

 何しろろこういうことに免疫がないのだ。今まで誰も私に興味を持たなかったし、持ったとしてもそれは、ドラゴンの扱いを知っているという点を買われてのことだった。

 私の頭の冷静な部分が、舞い上がる私に囁く。


(そうよ、ヴォルテール様だってきっと、火吹き種に懐かれている私をここに留めておくために、私を口説くなんて真似をしてるんだわ)


 そう思った時だった。


「私はあなたの、実直な仕事ぶりを尊敬している」

「え?」

「ドラゴンに対して真摯しんしでありながら、距離を誤らないところが好ましい。ペットのように接するのではなく、害獣として退けるのではなく、ただ共に生きる他者としてドラゴンを受け入れている様は、領主として多くを学ばせてもらっている」

「そんな……私こそ、常に周りに気を配って、繊細な心遣いされているヴォルテール様を見習わなければと思っています」


 ヴォルテール様が微かに笑った。


「初めてあなたを見た時に、印象的だったことがある」

「印象的だったこと、ですか」

「プラチナドラゴンの仔を追って塔から飛び降りただろう。何て投げやりな、向こう見ずなことをする娘だと思った」

「そう見えましたか……」


 いや、確かにあの時私は、どうなっても良いと思っていた。ヴォルテール様の言う通りだ。


「だがあなたの仕事ぶりを見て、あなたの本来の姿は、実直で誠実な、地に足の着いた娘なのだと思うようになった。――ところが、どうだろう。あの日あなたは、火吹き種かどうかも分からないドラゴンに乗って、黒朱病に侵されたドラゴンたちの頭上に現れた。あの時火吹き種だと分かっていなかったのに。あのまま野生のドラゴンに攻撃されてもおかしくはなかったのに」


 最初の狩りの日のことを言っているのだ。私がイスクラを見つけたあの日。

 ヴォルテール様の灰色の目に、強い光が宿る。食い入るような眼差しで私を見つめてくる。


(逃げられない。……目をそらせない)


「普段は折り目正しく現実的なあなたが、ごくまれに見せる型破りで破天荒な行動が――普段のあなたとの落差が、どうしようもなく私の心を捕えて離さないのだ」


 言葉が、私の心を震わせる。

 本心だと理解できた。ヴォルテール様は私を懐柔かいじゅうするために、耳ざわりの良いことを言っているのではない。


(この方は、ほんとうに私のことが、好きなんだ)


 指先がしびれてうまく動かせない。何か言わなければと思うのに、言葉が出ない。

 無礼なことをしているのに、ヴォルテール様は嬉しそうに笑っている。


「ようやく分かったか、ミルカ嬢? ではそれを踏まえて、好きなだけドレスを試着するといい」


 ずっと握っていた私の手を離すと、ヴォルテール様は静かに部屋を出て行った。

 少し置いて、タリさんがするりと部屋に滑り込んでくる。

 彼女は私の顔を見、にやりと笑った。


「うふふ。顔真っ赤ですよ、ミルカ嬢」

「……ヴォルテール様は、本気なのね?」

「もちろんですとも。そのご様子だと、ヴォルテール様もだいぶ攻勢に出たみたいですね。まあ夜会の時にミルカ嬢を気に入る人も大勢いるでしょうし、そろそろ本腰入れて口説かないと、誰かにかっさらわれちゃうかもですからね」


 独り言のように呟いてから、タリさんは私の手を引いた。


「さっ、心ゆくまで試着しましょう、ミルカ嬢! これはみんな、あなたを思って選ばれた贈り物なんですから!」

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