38話 冬が来た



 雪が積もり始めてからは早かった。

 あっという間に森へは行けなくなり、寒さを嫌がるドラゴンたちは、兵舎を始めとする室内にこもり切りになった。

 怒涛どとうの勢いで食糧を備蓄し、家が雪で潰れないよう補強したりしていた人間たちも、腰まで届くほどの積雪を前に白旗を上げた。


 ――冬だ。

 視界を埋め尽くす雪、曇天どんてん。室内でも息が白くなる季節の、到来である。


「本当にあっという間に冬が来ちゃうのね……」

「でしょう? 食糧を最優先で集めて、古い納屋は潰したり家畜を中に入れたりして、ってやってる内に、この有様です」


 そう返事してくれるのは、つい三日前に戻って来たタリさんだ。

 ひと月も不在にしていたので心配していた。

 少し痩せた様子のタリさんを見て、思わず抱きしめてしまったのだが、タリさんは予想以上の力で抱き返してくれた。


 ちなみに、冬になる前にどこかに家を借りようという私の計画は頓挫とんざした。

 女一人で切り盛りできるだけのちょうど良い家がなかったのだ。本当は自分の目で確かめたかったのだけれど、なぜかケネスさんが代わりに家を探してくれて、結果として冬を越すためには引き続きヴォルテール様のお屋敷でお世話になった方が良い、ということになった。

 いつまでも独り立ちできずに恥ずかしいのだけれど、なぜかタリさんもケネスさんも、安堵した表情をしていた。


「こうなっちゃうと、ドラゴンや家畜の面倒を見る以外は暇になるわけです」

「農業や土木作業をやらなくていいなら、確かに暇になるわね」

「すると何が始まるか? ――答えは一つ。夜会シーズンでございますっ、ミルカ嬢!」

「なるほど」

「いやなるほどではなく! もっと盛り上がりましょうよぅ~」


 そう言えばヴォルテール様も夜会シーズンだと仰っていた。

 でもそれは私には関係のないことだ。


「ああ、後片付けのお手伝いはできると思うわ。銀食器を磨くのは得意なの」

「いや主賓しゅひん! あなた主賓ですから!」

「ええ? まさか」


 タリさんはいつも面白い冗談を言うなあと思っていたら、手をがしっと掴まれた。

 どこか目の据わったタリさんは、私を立ち上がらせると、そのまま廊下をずんずんと進む。


「こうなったらもう見て頂いた方が早いですね。いかに私がドレスをかき集め、いかにヴォルテール様がそれを却下したかを……!」

「却下? え?」

「あの方ってば王宮の出じゃないですか。地味に目が肥えててうるさいんですよね……」


 ぶつぶつ言いながら、タリさんはヴォルテール様の私室前に到着した。

 と、廊下の向こう側からヴォルテール様がやってくる。もこもことした白いファーつきの上着を羽織っており、暖かそうだ。


「ミルカ嬢とタリが揃っているということは……。ドレスの試着会だな?」

「はい! まあミルカ嬢は私が選んだドレスを気に入られると思いますが」


 ヴォルテール様の目が好戦的に光る。


「私は男だがドレスを選ぶ目には自信がある。なぜなら王宮でさんざん良い品を見てきたからだ」

「くっ……! こういう時だけ自分の血筋をこれみよがしに……! でも流行には疎いですよねヴォルテール様。王宮にいたのだって十年前ですし!」

「良いものは年月を経ても色あせないものだ」

「とか言って、じじ臭いの選んだら指さして笑ってやりますからね」


 いつも思うが、タリさんは絶対にヴォルテール様を主だと考えていない。

 口喧嘩できる兄、くらいの立ち位置で考えている気がする。


(でもそれって、実力主義の北方辺境でしか見られないものね。そう考えると平和な光景、なのかも?)


「聞いているか、ミルカ嬢」

「は、はいっ!?」


 二人の話をぼんやり聞いていた私は、ヴォルテール様に手を取られていることに気づいていなかった。

 細かい傷だらけの私の手を、それより遥かに傷あとだらけの大きな手が包み込む。

 

(わ……ひ、久しぶりに、男の人と手を繋いだ、かも)

 

 少しだけどきどきしながら、導かれるままにヴォルテール様の私室に足を踏み入れた私は――。


 言葉を失った。

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