25話 私のドラゴン


(こ、この人、ドラゴンを私に贈るって言ったの、今!?)


 想定の斜め上をいく言葉に、私は馬鹿みたいな声を上げた上に、外したばかりの飛行用ベルトを思わず落としてしまった。

 ヴォルテール様がそれを拾ってくれるのを、呆然としたまま受け取って、


「ぱ、パールは良いと言ったのでしょうか……? それに、火吹き種なんて貴重なドラゴン、流罪人に与えちゃだめですよ!」

「あなたにはパールの言葉が聞こえたのだろう?」

「ええ、ですがたまたまで、」

「魔法を使うことのできるドラゴンは、自らが選んだ者にしか言葉を届けない。パールはあなたを選んだのだ」


 その言葉を裏付けるように、パールがまたすり寄って来た。


「『すき』『また一緒に』『飛ぼう』」

「は……はいぃ……?」


 想定外のことが起こりすぎて言葉が出てこない。


(いやいやいやこれは断るべきよ。だってドラゴンを所有するなんて、王族とか領主にしか許されてない行為のはず! それにドラゴンのような気高い生き物が、人の物になってくれるわけが……)


 混乱する私の腕に、パールが尾を絡めて来た。ドラゴンが、犬や猫のような親愛の情を示すなんて、初めて知った。


「『すき』『伝わる』?」

「言っておくがな、ミルカ嬢。ドラゴンは、それはそれは熱烈に口説いて来るぞ」

「も、もう何となく伝わってます……」

「ドラゴンは強欲だ。欲しいと思ったものを手にするためなら、どんな手段でも使うだろうな」


 すると、後ろからひょっこり誰かが顔を出す。タリさんだ。


「お疲れ様です、お二人とも。もしかして今、カイルがヴォルテール様をめちゃくちゃに口説いたって話、しようとしてます?」

「めちゃくちゃに口説いた……?」

「凄かったんですよね? お風呂まで付きまとってきたあげく、牛やら他のドラゴンやらの肉を貢いだり、どこかから秘宝を持ってきてヴォルテール様の寝室に投げ込んだりしたって聞きました」

「ああ……。盗人の疑いをかけられて、その濡れ衣を晴らすのに苦労した……」


 珍しく遠い目になったヴォルテール様。

 けれどすぐにいつもの頼りがいのある表情に戻って、


「受け入れてやれ。寝室に血まみれの豚や鳥を投げ込まれたくなければな」

「そっ……れは、嫌ですけど」


(私だけのドラゴン、なんて……。良いのかしら、そんな、夢みたいな……)


 脳裏を過ぎるのは、ブランカだ。プラチナドラゴンの仔。

 私を追って北方辺境まで来てくれた、けれど一緒にはいられないドラゴン。


(ブランカとパールは違うけれど、幸せに出来なかったブランカの分まで、パールを大事にしたい。そのチャンスをもらえたのだもの、無駄にするのは馬鹿ね)


 私はパールに向き直る。彼女の金色の目が細められ、鱗がさらさらと音を立てた。


「さっきのあなたの飛行も焔も見事だったわ。そんなあなたが私に言葉を届けてくれるなんて、本当に名誉なこと。嫌だからあなたを受け入れるんじゃなくて、私の方からもお願いさせて。……どうか、私をあなたの乗り手にして下さい」

「『良い』! 『良い』『すごく』!」


 パールが全身の鱗をさらさらと慣らし、私のお腹に頭突きをしてきた。

 柔らかな鱗の感触に思わず目を細めてしまう。少しだけしっとりとした、喉の鱗の感触を指先で存分に堪能する。


「『名前』『ほしい』」

「名前? でもあなたはパールでしょう」

「『いや』『すごく』『いや』」

「じゃあ、新しい名前をつけた方がいいわね」


 確かに、パールという名前は気に入っていなかったようだし、私からの最初の贈り物ということにしよう。


「では、イスクラというのはどう? 古代語で、火花という意味よ」

「『イスクラ』!」


 新しい名前を受け取ってくれたドラゴンは、何度も何度も喜びの頭突きをしてきた。

 それを目を細めて見ていたヴォルテール様だったが、


「では、早速で悪いが仕事だ。降りて来たドラゴンの体に寄生虫がついていないか、確かめて欲しい」

「そうでした! もちろんすぐに向かいます!」

「そうそう、こちらミルカ嬢の分ですので持って行って下さい。虫を落とす用の酢入りの水と、トングです」

「と、トングですか。パスタを掴むやつですよね?」

「虫を掴むのにちょうどいいんですよ。素手で触ると毒で痛いですから気をつけて」


 自分のトングをカチカチと鳴らしながら、タリさんは他のドラゴンの方へ駆けて行った。


「じゃあ、私も行ってきます」


 寄生虫を落とすのは初めてだ。慎重にやらなければ。

 そう思いながら私は、タリさんの後に続いて、着陸するドラゴンたちの方に向かって行った。


 と、私の前を歩いていたタリさんが、振り返ってにやりと笑った。


「今日はお部屋に良いものをご用意していますから、頑張りましょうね!」

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