幕間・執務室にて1
ヴォルテールはタリを連れて執務室へと足を踏み入れた。
そこには、執務官を宿屋に送る任務を終えたケネスがいた。
「ご苦労だったな、ケネス」
「いやはや、あの執務官には参りました。筋金入りの反ドラゴンで、北方辺境の全てをけなしまくるんですから。『南極星』の女主人がキレてましたよ」
ところで、とケネスが声を潜める。
「あのプラチナドラゴンの仔はどうしてるんですか。『南極星』ではその話でもちきりでした」
「もう皆に伝わっているのか」
「もちろんです! ただでさえ流罪人が来るって言うんで浮ついてたのに、やってきたのはドラゴン慣れした美少女一人と、それを追いかけて来たプラチナドラゴン。何かあるに決まってるでしょう! 物凄い質問攻めにあいましたよ!」
『南極星』の愛らしいメイドたちに囲まれたことを思い出し、ケネスはにやにや笑いを浮かべた。
少々口の軽すぎるきらいがあるケネスによって、ミルカとプラチナドラゴンの存在は、既にアンドルゾーヴォの住民全員の知るところとなっていた。
「しかしミルカ嬢は良い目をしていますね。サヤとティカで迎えに行ったのですが、飛行の経験差を一目で見抜きましたよ。しかも初心者にはサヤの方が良いだろうと、執務官に譲ろうとしていました」
「ほう。それは確かに、得難い目だな」
「それに何よりもドラゴンへの敬意と警戒を忘れない姿勢が既に適正アリです。あれは幼い頃から叩き込まれてきたんでしょうね」
ケネスは目を細めて呟く。ヴォルテールも頷いた。
「プラチナドラゴンの仔は、今は私の部屋でミルカ嬢と眠っている。体力が回復次第、執務官と王宮に帰らせる予定だ」
「ま、そうなりますか。今のままだと、ミルカ嬢がプラチナドラゴンを誘拐した、なんて濡れ衣も着せられかねないですしね」
「火種になり得る要素は排除しておきたい。今更王宮に難癖をつけられても迷惑だからな」
ヴォルテールは静かに呟く。
「王宮には恐らく金がない。何しろドラゴン舎の一切をアールトネン家に押し付けていたくらいだ。金を出し渋るのが王宮の常とは言え、僅かな費用も出さないのはどうにも妙だ」
「あー……。確かに、通知が来てましたね。なんでしたっけ、大理石の税金が三十パーセントに跳ね上がるとか?」
「馬鹿げた話だ。北方辺境に金があると思うのか」
領主の言葉に、タリとケネスは意味深な視線を交わす。
「ま、なくはないですけどね」
「吝嗇な領主様のおかげでね」
「吝嗇だからこそ、王宮には余計な銅貨の一枚もやりたくない。……ミルカ嬢にあんな顔をさせた場所だと思うと、余計にな」
「ほんとですよね! あの方はあんな扱いを受けて良い人じゃないですよ!」
タリがイライラとスカートのリボンをいじりながら言う。
ヴォルテールはそれを見てふと口元を緩めた。
「タリはミルカ嬢を随分気に入ったようだな」
「ええ、とっても! 美人で頭も良さそうですし、何よりあの張り詰めた感じがたまらなく良いですね。放っておけない気持ちになっちゃう」
「張り詰めた感じか。確かに執務官と話している時も、隙がない印象を受けたな。執務官に酷いことを言われても、笑顔で我慢していたようだが……少し辛そうだった」
「反論など許されていなかったのだろう」
ヴォルテールはミルカの置かれていた状況に思いを馳せる。
「ミルカ嬢は皇子の婚約者であることを口実に、ドラゴン舎の一切を押し付けられ、全ての費用をアールトネン家で賄っていたらしい。御母堂のピアノを売り払っても、雇用していた人間への謝礼を用意しておくのが、誠実というか馬鹿正直というか」
「ほんとに酷すぎますよね。それで搾り取れるだけ搾り取ったら、北方辺境にポイだなんて! 地獄に落ちろってんですよ!」
タリの言葉に、ケネスは驚いたような顔で、
「曲がりなりにも一度は婚約者だった人に、そんな扱いをするとは、王宮は一体どうなってんだ?」
「前からおかしいところではあったけどね。何しろヴォルテール様を追放した場所だもの。この方の有能さが分からない王宮なんてクソくらえだわ」
「おい、下品だぞタリ」
「それくらい怒ってんの。だって、ミルカ嬢が持ってきた服は全部ぼろぼろだった。清潔だけど、あちこちに継ぎ布や、縫い直した跡があって……。普通、婚約者には服の一枚でも贈るものでしょ? それさえもしなかったのよ、王宮のクソ皇子は」
ドラゴンと接する者は、宝石を身に着けて豪華な身なりをしていなければならない。
外出着に大枚をはたく必要があったから、ミルカは室内着にそこまで費用をかけられなかったのだろう。
だが、アールトネン家はまがりなりにも貴族である。かつては領土を有していたし、ドラゴンの爪などを薬の原料として卸す事業も行っていたはずだ。
それにタリの言う通り、婚約者には衣服や装飾品などを贈るのが、貴族のならわしだ。
ミルカはそれさえもなく、ただ婚約者という立場で搾取されるだけだった。
ヴォルテールの脳裏を、落下するドラゴンの仔を追って、何の躊躇いもなく塔から飛び降りるミルカの姿が過ぎる。
ひらめく金糸の如き髪が、血にまみれる様が易々と想像できて、ヴォルテールは心底肝を冷やしたものだ。
「あのように、容易く身を投げ出してしまえるほど、……彼女は孤独なのだろうか」
「だからこそあなたの出番なのですよ、ヴォルテール様!」
タリに詰め寄られ、ヴォルテールは目を瞬かせる。
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