11話 戦友


「お金だって、もっと上手く切り詰めていれば、母のピアノを売らなくても済んだかもしれません。ドラゴン舎で雇っていた人たちにも、たった一袋の宝石だけじゃなくて、もっと素敵な物を残せたかも。解雇なんてしなくて済んだかもしれない、私がもっと、ちゃんとしていれば」

「ミルカ嬢」


 はっと気づく。

 ヴォルテール様の顔がすぐそばにあった。微かに眉をひそめた彼が、私の隣に座っていた。


(いけない、なんて醜態を晒してしまったの!)


「お……お見苦しいところをお見せしました!」

「――まったく、あなたは不思議な人だ」

「えっ?」

「落ちるドラゴンの仔めがけて塔から飛び降りるほどの向こう見ずかと思えば、ドラゴンの知識に詳しく、手当もきっちりとこなす。ドラゴンの仔に懐かれるほど愛情深いのにも関わらず、その愛を自分には注ごうとしない」

「ええと……」

「傾きかけた家を建て直すのは、男でも余程の幸運に恵まれなければ叶わないことだ。あなたが自分を責める必要は一切ない」


 その断定的な口調はとても頼りがいがあって、この人が言うならばそうなんだろう、と思わせる説得力があった。

 心に立ったさざ波が、少しだけ落ち着いてゆくのが分かる。

 ――でも。


「それでも、アールトネン家を潰したのは、私なのです。その事実は変わりませんし、私はきっとそれを一生悔いるでしょう」

「……そう、か」


 ヴォルテール様はどこか虚を突かれたような顔になった。表情を隠すように、口元を片手で覆う。

 美しい灰色の目が、一瞬遠くを懐かしむように細められ、それからぱっと開かれる。


「そうだな。ミルカ嬢の言う通りだ。私たちは永遠にその事実と付き合ってゆく他ないのだ」

「私たち……?」

「いや、こちらの話だ」


 今、私たちと言っただろうか。

 私だけではなく、ヴォルテール様も、同じようなこと――家を断絶させてしまうようなことを経験した……?


(まさか。これほど有能な人が、私のようなへまをやるはずがないわ)


「ミルカ嬢には他にも仕事を斡旋することができるが、あなたの特技を生かせるのは、ドラゴン絡みの件ではないかと愚考する」

「そうですね。もしこちらでもドラゴンに携わらせて頂けるのであれば、嬉しいです」

「そうか。助かる」


 ヴォルテール様はふっと微笑んだ。険のある顔が和らぐと、不思議と若く見えてくる。


「タリに言ってあなたの部屋に案内させよう。明日の午前中はゆっくり休んでいてくれて構わないが、午後からは仕事の話をさせて欲しい」

「承知致しました。あ、でも眠る場所はここでも良いでしょうか。ブランカが目を覚ました時に私がいないと、寂しがると思うんです」

「ふっふっふ、そう来ると思いました!」


 話を聞き付けたのだろう、部屋の外からタリさんが勢いよく入って来る。


「ミルカ嬢のことですから? きっとドラゴンの側で眠りたがるだろうなと愚考しまして、私タリめが簡易ベッドをお持ちしました!」

「ありがとうございます! 助かります」

「持っていらっしゃったお荷物も、大部分はお部屋に運んでおきましたが、着替えだけここにお持ちしましたので」


 タリさんはてきぱきと簡易ベッドを組み立ててくれた。

 ヴォルテール様は頷いて、


「では明日また会おう。タリ、少し頼まれてくれるか」

「何なりと」


 二人が部屋を出ていくのを見届け、私はタリさんが持ってきてくれた寝間着に着替えた。

 簡易ベッドは少し硬いが、ドラゴン舎の固い床で眠り慣れていた身にはどうということはない。


(北方辺境が、想像していたよりもずっと友好的に私を受け入れてくれて、良かった)


 野垂れ死ぬことも覚悟していたから、この状況はとてもありがたい。

 それに、ドラゴンにまつわる仕事も続けられそうだ。

 私の得意分野で役に立てるかもしれないし、もっと言うならドラゴンについての勉強もできるかもしれない。色々と新しい情報を仕入れられるのは、素直にわくわくする。


「……まずは一安心、てところかしら」


 ベッドの上に横たわり、熟睡しているブランカを見つめているうちに、私はいつの間にか眠りに落ちていた。

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