10話 これからのこと
ブランカはヴォルテール様に敵意を抱いており、私と二人きりになるのを防ごうとしていたが、少量の鶏肉を口にしたあとは、すとんと眠りに落ちてしまった。
「やはり疲れていたんですね……」
「ああ。子供のドラゴンにとっては信じがたいほどの長距離を飛んできたのだからな」
私とヴォルテール様は、同じ部屋で向かい合って腰かけ、タリさんの淹れてくれた濃い紅茶と、チーズとハムを挟んだシンプルなサンドイッチを口にしている。
黒パンの酸味が、チーズとハムによく合って美味しい。
「さて、まずはあのドラゴンについてだが」
「彼を帰さなければならないことは分かっています。私からよく言い聞かせます」
「そうしてくれ。私が無理やりミルカ嬢に命じて帰させた、ということにしておくと良い」
それはヴォルテール様なりの優しさなのだろう。私に口実を与えてくれている。
私はお言葉に甘えることにした。
この距離を飛んで追いかけて来てくれた、健気なドラゴンを追い返すのだ。正直、私一人では説得できそうになかったから。
と同時に、ヴォルテール様の気遣いに気づく。やはり領主なだけあって、事を収めるのが上手いみたいだ。
「体力が回復するまでここに滞在して、あの執務官と一緒に帰せば良いだろう」
「あっ……。そう言えば執務官さんはどこにいらっしゃるのでしょう?」
「ケネスが『南極星』という宿に案内している。大丈夫だ、あそこは流罪人の最初の受け入れ地だから、客人には慣れている」
ここ北方辺境には、五年に一人くらいの割合で流罪人が送られているはずだ。
彼らはどうなるのか、とヴォルテール様に尋ねると、
「先程言った通り、まずは『南極星』という宿屋に入ってもらう。最初の五日間は無償でベッドと食べ物を提供するが、それ以降はここで働く場所を見つけてもらう」
「なるほど。どんな職業があるのですか」
「林業、土木工事、炊事、狩り、採集……。仕事は山のようにあるのだが、なかなか流罪人は定着しないな」
「定着しない流罪人はどこへ行くのでしょう」
ヴォルテール様は肩をすくめた。
なるほど、そこまでは関与しないということか。
「ちなみに、定着しない理由はドラゴンですか?」
「その通りだ。そもそも都から来た人間は、ドラゴンに慣れていない。ドラゴンをけだものだと思い、きつく当たったり、必要以上に怯えたりする者がほとんどだ」
「それではドラゴンもへそを曲げてしまいますね……」
「ここの人間でさえも、全員がドラゴンに慣れていて、彼らと関係を築けるというわけではないからな」
ドラゴンは人懐こい生き物とはお世辞にも言えない。理不尽に人を襲って殺すこともある。
ただ、群れのアルファが――ヴォルテール様のドラゴン、カイルが人間に従っているから、基本的には人間の言うことに従っているだけだろう。
(五日間の内に、仕事を見つけなくちゃね。土木工事、は難しいかもしれないけれど、炊事くらいなら役に立つはずだし、ドラゴンについても少しは知識と経験があるから……)
今後の生活について考えていると、ヴォルテール様と目が合った。
どこか楽しそうな、面白いものを見つけた猫のような顔をしている。
「だから、あなただ」
「はい?」
「あなたはドラゴンについての知識があるし、必要以上に怯えない。彼らの危険性を認識し、不必要に近寄ることもない」
「それはまあ、一応王宮ではドラゴン舎を預かっておりましたので……」
「逸材だ」
ヴォルテール様は、その瞳を少しだけ輝かせながら、ずいと詰め寄って来た。
「ここからがあなたに話したかったことだ。ドラゴンに関する人手は圧倒的に不足している。あなたが来てくれたのは、率直に言って、かなりありがたい」
「でも私は流罪された身ですし、ついでに皇子に婚約破棄もされていますが……」
「皇子の婚約者でありながら宝石に金を費やしたあげく、プラチナドラゴンの仔を正しく成長させられなかった、というのが流罪理由だったな」
「ええ。よく覚えていらっしゃいますね」
「馬鹿馬鹿しすぎて暗記してしまった。ドラゴンに宝石が必要なのは当たり前だし、プラチナドラゴンの仔は王の気によって成長するのだから、あなたが責められる言われはどこにもない」
溜息をつくヴォルテール様。
「だが、愚かな皇子には感謝しなければならないな。あなたほどの逸材を手放してくれたのだから」
「そんな、私はそんなに仰って頂くほどの価値はありません。私のせいで、アールトネン家は途絶えたわけですから……。私がもっと上手く振る舞って、婚約者を迎え入れていれば、もしかしたら家は断絶しなかったかもしれませんし、皇子に婚約破棄されたり、こんな風にブランカを寂しがらせてしまうこともなくて……」
ヴォルテール様に言っても仕方がないことだとは、分かっている。
けれど次から次へと言葉があふれてくる。
ずっと、考えていたこと。どうしても頭にこびりついて消えなかったこと。
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