6話 到着
「到着しました! ここが北方辺境第一の都市、アンドルゾーヴォです」
私たちはケネスさんのその言葉と共に、塔の上に降り立った。
北方辺境までの旅はとても素晴らしかった。
暦の上では晩夏だけれど、急峻な山々の微かに色づいた木々は、秋の気配を湛えつつあった。
夕日に照らされた残雪と、山のシルエットが綺麗で、北方辺境への恐れが少しだけ和らぐ。
北方辺境の郊外、物見塔と呼ばれる石造りの塔が建つ場所に、私たちは降り立った。たくさんの松明があるおかげで、空が暗くなっても安心だ。
けれど執務官の方は、景色を眺める余裕はなかったらしい。
「やはりドラゴンは……恐ろしい、生き物だ……」
塔の上に降り立ったドラゴンから、ほとんど滑り落ちるように落下した執務官は、そのまま隅で吐いていた。
何しろティカはサービス精神旺盛で、ここへ来るまでにアクロバット飛行をたくさん見せてくれたのだ。
宙返りからの急降下、ホバリングして小休止してからの急上昇、そして急降下。
王宮のドラゴンではとてもできない高度な業だが、乗っている側はたまったものではないだろう。
グロッキーな執務官を見たケネスさんは、苦笑しながら、
「せっかくミルカ嬢がサヤを譲ってくれたのに、その厚意を無駄にするからですよ。ティカは若いし、すぐアクロバット飛行をしたがる悪癖があるんです。もっとも、ミルカ嬢が乗っていればあれほど調子には乗らなかったでしょうが」
「とても丁寧に飛んでくれてありがたかったです。ちっとも揺れないのは、翼で風の衝撃を受け止めてくれていたからでしょうか」
「そうですね。サヤは何度もあの辺りを飛んでいますから、風の吹くタイミングを熟知しています。彼女に任せれば器になみなみと注いだウォッカだって、こぼさずに北方辺境まで持っていけますよ」
私を乗せてくれたサヤは、びっくりするほど熟練のドラゴンで、騎乗している間全く揺れなかった。
突風が吹いても、あの大きな翼で衝撃を殺してくれていたのだろう。それに乗り手の気配をよく読んでいた。
「こんなに気遣ってくれるドラゴンは初めてです」
「だとよ、サヤ。良かったなあ、お前の技術を正確に理解してくれる人が来てくれて」
ケネスさんはサヤの口元の鱗を豪快に掻いた。サヤはまんざらでもなさそうに喉を鳴らし、翼の根元にある鱗を震わせた。金の鎖が触れ合うような、さらさらという音が聞こえる。
これは犬が尻尾を振ったり、猫が喉を鳴らすのと同じで、ドラゴンがご機嫌であることを示す仕草だ。どの種族にも共通した喜びの印である。
私はベルトを外し、サヤにお礼を言ってから、改めて辺りを見回した。
「ここはもう北方辺境なのですね……」
私たちは塔の上にいるが、ドラゴンの発着場にもなっているため、広くスペースが取られている。
塔の高さは建物三階分ほどだろうか。城郭のように高い壁が数十メートルほど続いており、もう一つの塔に繋がっている。
遠くの方には、村か街と思しき明かりと、そびえる城のシルエットが見えていた。
既に日が落ちているから細かいところは見えないけれど、流罪人が辿り着く、荒れた最果ての地――という印象はない。
石垣が崩れていたり、松明置きが錆びていたり、ということもなく、ただ手入れのきちんとされた塔がそこにはあった。
王宮のような、来客に自らの富を誇示するような装飾がない分、かえって好ましいとも言える。
見張りの男性が興味深そうにこちらを見ているが、その出で立ちは王宮の衛兵とさして変わるところはない。
ケネスさんも、彼が連れているドラゴンも紳士的だ。私の腕を無理やり引いて連れ出した王宮の衛兵や執務官の方が、野蛮なのではないだろうか。
(ここは私が思うほど、野蛮で田舎な場所ではないのかも知れない)
ケネスさんは何か言いかけ、それから何かに気づいたように空を見上げた。
「来ましたね」
「えっ?」
その瞬間、凄まじい風が吹きつけて来た。
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