ラストシーン

 数十分の後、俺は公園のベンチに座っていた——皮肉にもそこは、高校時代にたつみとよく来ていた公園だった。そこに到着した頃には、痛いほど激しかった鼓動は落ち着き、頭は冷めきっていた。今なら、冷静な判断ができる。


 なぜ巽を殺せなかったか。

 今なら明確な答えが出せる。楽しそうに話す過去の俺とたつみを見て、懐かしさを感じてしまったからだ——その友情を、尊いと思ってしまったからだ。その感情が、俺の判断を鈍らせた。

 感情に任せて殺そうとしたのが、失敗だった。そのせいで、理性がストップをかけてしまっていた。復讐心ではなく、自分の理性で以って復讐を行わなければならない。


 ——そう考え事をしていた、その時だった。


「やぁ、悠二くん。元気かい?」


 巽が、公園に訪れたのだ。

 なぜ、とはならなかった。この公園は、巽とよく来ていた公園だ。俺を探すなら、当然候補地として挙げられる。


「ちょうど数十時間前、殺されたところだよ」


 俺はそんなふうに、軽口を返す。巽は訳がわからないと肩をすくめた。


 この場所に巽が来たのはわかる。ただ、一つ疑問があるとすれば——


「どうやって俺が橘悠二だと気がついた?」

「そりゃあ、君の雰囲気を見ればね——とでも言えば親友っぽいかな?」


 確かに、親友のようではある。——少し、演技くさくはあるが。思えば巽は元からこんなやつだったような気がする。


「それで、本当のところは?」

「まぁ、本当はただの違和感だったんけどね。その後、走り去る君がその赤いハンカチを持っているのを見て、ピンときたよ。そんなのを持ってる人なんてそうそうにいないからね」


 そう言って巽は俺のポケットを指差した。そこには、赤いハンカチが頭を覗かせている。なるほど。さっき光にも正体がバレてしまったのは、このせいらしい。


「この時間での俺と遊んでいたのはどうなったんだ?」

「急用ができたと言って先に帰ってきたよ。悠二には申し訳なかったけどね」


 そう言って彼は、俺の正面——ブランコの周りに設置された柵に腰掛けた。俺は、巽に睨みを効かせる。


「それで、要件はなんだ?」

「それはこっちの言葉だぜ。こんなとこで何してんだ、あんた」


 巽は俺を睨み返す。彼の瞳は、ブラックホールのように全てを吸い込む淵のようだった。

 底が見えない。俺は得体の知れない恐怖を覚えて俺は目を逸らし、せめてもの強がりで肩をすくめた。


「何をしているかと聞かれれば、話は長くなるな」

「それで良い。時間はたっぷりあるからね」


 彼は余裕に満ちた声でそう言った。


 俺は一瞬悩んだ。本当のことを言うのか、否か。きっと嘘をつけば巽はそれに気づくだろう。巽はそういうやつだ。

 問題は、本当のことを言ったところでそれを巽が信じるかということだが——とりあえず、話してみないことには始まらない。

 そう結論付けて、俺は今までのことを語った。

 巽が俺を殺したこと、俺が『機械仕掛けの神』の加護を受けて『誅罰』という能力を得たこと、その後に過去に来たこと(『誅罰』の条件など、こちらから言って不都合なことは意図的に伏せた)。

 話の内容は全てが全て荒唐無稽だったが、巽は特に否定することなく、俺の話を聞いた。実際に現実より一五歳も歳をとった俺が目の前にいたことが助けになったのかもしれない。

 俺の話を聞いている間、常に巽はおもしろそうに口元を歪めていた——俺はお前を殺しにきた、と言ってもだ。どこか頭の螺子にガタがきているのかもしれない。


「それで、君は俺を殺したいのかい? ……なら、殺すといい」


 事の顛末を語り終えた後、巽が最初に言ったのはそんな言葉だった。俺は驚いて、身を乗り出す。


「——本当に、それで良いのか?」

「ああ、いいぜ」


 巽は全てを受け入れるように両手を開き、


 ——まだ何もしていない僕を、本当に君が殺したいのならね。


 そう付け加えた。その言葉に、俺は動きを止める。


 俺は今まで、巽は人殺しの人でなしだと、巽は俺の復讐相手だと、そう思っていた。だがそれはある意味では合っていても、ある意味では間違っている。俺を殺したのは未来の巽であり、この時間の巽ではない。この時間においては、彼は殺人はおろか、借金でさえもしていないのだ。まだ、彼はただの善良な高校生に過ぎないのだ。

 それでは、俺はどうなる? 何も知らぬ無実の少年を、復讐の相手と目の敵にする——それこそ、人殺しの格好ではないか。


「もしかしたら、この場で僕を殺せば、将来起こるかもしれない殺人を防げるかもしれない。——どうだい、無実の僕を殺す気になったかい?」


 俺は、疑うように彼の前を見る。彼が何を考えているのか、一切わからない。

 俺の背中を押すようなことを言ったかと思えば、俺を思い止まらせるようなことを言う。生きたがっているのか、死にたがっているのか。


 彼は、全てを悟ったような表情で俺の目を見つめた。その行動は、『誅罰』の条件が目を合わせることだと気づいた上でなければ、あり得ない。全てを分かった上で、彼は彼自身の命を俺に委ねているのだ。


 それを見て、俺はやっと気がついた。

 巽には、自分の生死など眼中にない。彼はただ、俺がどのような判断を下すのか、それを超越者気取りで期待しているだけなのだ。


「なぁ巽、死ぬのは怖いか?」

「いいや別に。みんないずれは死ぬ運命さ」

「俺は怖かったぞ。お前に殺された時」

「そうかい。それもまた、一つの正解なんだろうね」


 俺は巽の瞳を見つめる。変わらず、瞳の中はブラックホールのような暗闇だった。そこには、彼自身の命すらも、写っていない。


「さぁ、どうするんだい、橘悠二。今の君にならば、僕は殺されてもいい。殺すのか、殺さないのか。全ては君次第だ」


 冷静になれ——彼に飲み込まれては駄目だ。一度、状況を整理しよう。

 殺すこと自体は、簡単だ。指先一つ動かす必要もない。彼がそれに値する悪人だということを、ただ念じるだけでいい。

 罪悪感も、感じる必要はない。殺されてもいいと言う彼を殺すことに、罪悪感を覚える必要はない。

 殺す動機は、一二分だ。一〇年後この世界の俺と光に訪れる、危険を防ぐために、俺は殺人を行う。そこに少しの復讐心があるのは、さして問題ではないだろう。


 そして、一つの問題が残った。——誅罰は遡及させていいのか、それが最後にして最大の問題であり、問いだ。

 この問いへ答えを出すためだけに、この場に来たような気さえする。殺人も、『機械仕掛けの神』も、全てはこの時のためのお膳立てなのかもしれない。


 この問いこそが、全てを決定づけるのだ。


「悩んでいるようだね。もっと時間が必要かい?」

「いや、そうでもない。結論が出た。俺たちの関係を完結させる、そんな決断だ」


 俺はかぶりを振りながらそう言うと、ベンチから立ち上がり、巽に近づく。彼は抵抗することなく、だらりと全身から力を抜いた。

 俺は、彼の瞳の奥ある、深淵を覗き込む。『誅罰』の条件が、再び揃った。


 そして、俺は——




 ————————


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。なんて言っちゃって、誰も読んでくれていなかったら面白いですけどね。それもまた、一興ということで。


 この作品はこれで終わります。生かすか殺すか、主人公がどちらの決断を行ったのか、それは読者様それぞれに思いを馳せていただくとしましょう。


 それではまたどこかで会えることを願って、さようなら。


 追伸

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遡及する誅罰 ~過去へと、復讐へ~ とあるk @Toaru-Syounenn_k

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