サードシーン
俺はとあるファミリーレストランの一席に座っていた。
中学時代、
復讐する計画はこうだ。
この日は、用事があると言って
突然帰る巽の様子が印象的で、偶然覚えていたことに助けられた。
しばらく待っていると、この時代の俺と巽の二人がやってきた。俺はスマートフォンのスクリーンを棒状の本体に収納し、胸ポケットに入れる。
記憶の通りに、二人は近くの窓際席に座った。予定通り、この場からよく見通せる。俺は二人の会話を片耳に窓の外を見る。
二人の喋っている声が聞こえてきた。
「いやぁ、文化祭楽しかったなぁ」
「そうだね。とはいえ、もう遊び呆けてもいられないよ。これからは受験勉強をしないといけないからね」
「うーん、すごい現実を突きつけてくるなぁ……」
模試の対策やってる? と巽は追い打ちをかける。過去の俺の表情がどんどん曇っていった。そうだ、確か夏休みに勉強してなかったこと後悔することになるんだよな。
昔はこんな関係性だったなぁ、と二人をぼんやりと眺めながらノスタルジィに浸る。本当に、どこで殺した殺されたまで関係がこじれてしまったのか。
失って初めて気づくその大切さ、とでも言えばいいのだろうか。柄にもなく、懐古的な気分になってしまう。
時代の流れはこうも怖いのだと、今更ながらに気づいた。あれほどに確かに思える友情でさえも、風化してしまうのだから。今彼らに未来の状況を伝えても、彼らは決してそれを信じないだろう。
今抱いているこの感情は寂しさなのだろうか。
高校生の頃は、こんなことになるとは微塵も思っていなかった。巽や光と、ずっと、仲良くできると思っていた。
だが実際は、巽には殺され、光は逃すことしかできなかった。
どこでこうもこじれてしまったのかと、悔やんでも悔やみきれない。
本当に、惜しい友人を無くした。
——亡くなったのは俺だけどな、と笑えない冗談を言ってみる。本当に笑えなくて、悲しい気持ちになった。やめよう。
しばらくすると、二人は板型スマートフォンを取り出して、ゲームを始めた。またしばらくすると、SNSアプリを開いて面白い発言を二人で笑い合った。またしばらくすると、動画配信サービスで二人の好きな作品を共有し合っていた。
『何か面白いアニメない?』だの、『この前神戸に遊びに行って楽しかった』だの、『明日から土日だけど遊ばない?』だのと、本当に楽しそうだった。
——本当の本当に、楽しそうだった。
そんな懐かしさと寂しさのせいで、油断していたのだろうか。
ふと、巽が顔を上げてこちらを見る。目があった——『誅罰』の条件が整った。
それはつまり、好きに処罰を下せる——殺せる、と言うことだ。復讐を果たせる、と言うことだ。
殺すなら、今が絶好の機会だ。これほどの好機はもう一度あるかどうか。やるなら今しかないだろう。巽は、驚いたような、困惑したような表情をしている。もしかしたら俺が橘悠二であることに気づかれたのかもしれない。
鼓動が痛いほど打ち付けているのがわかる。夏であるはずなのに、手足の末端が震え、冷たく感じた。
殺さなければ……この場で、確実に!
だが、いいのか? 彼を殺してしまって。
殺すべきだからと言って、今殺す必要はないんじゃないか? 別に復讐を果たすのは一年後でも二年後でもいいんだ。わざわざ、この時間での俺の目の前で殺す必要はないではないか。
……そうだ、彼はまだ、俺を殺していない。それは十五年後の話だ、まだ何の罪も犯してない少年を殺すのは道理に反する。
いや、それではダメだ。彼が過ちを犯してしまってから『誅罰』を下しては、手遅れなのだ。
ならいつだ、いつならいいんだ……? 大学を卒業してからか、彼がお金を借りてからか、彼の返済が止まってからか。いいや、どれもダメだ。それはただの問題の先延ばし、今の苦しみを将来に押し付けているにすぎない。
ならば、いつやると言うのだ。
今だ、今やるしかない……!
そして、俺は、深淵のような彼の目を覗き込む——瞬間、濁流のようにさまざまな考えが脳内を駆け巡った。
『二度もこの手で友情を破壊してしまうのか』『俺が俺だと気づかれてしまった可能性がある。それが知られた状態では、復讐を果たすのはより難しくなる』『本当に殺さなければならないのか』『将来起こるであろう危険から、この時間の俺や光、宏を守るためだ』『まだ何もやっていないやつに、『誅罰』を与えるのは正しいのか?』
思考が脳内を目まぐるしく駆け回り、極彩色のように入り乱れた。だがそうもしていられない。すぐに巽は俺から目線を外すかもしれない。早く……早く、殺さなくては!
そして、俺は——巽から目を逸らした。
目を逸らしてしまった。復讐を果たす絶好のチャンスを、自らふいにしてしまった。
殺せなかった……? くそ、こうもしていられない。狼狽えているうちに、この時間での俺にまで俺の存在を知られてしまったら面倒なことになる。
俺は急ぐように荷物をまとめ、レジに向かう。一〇〇〇円札をレジカウンターに置いた。そのままお釣りも受け取らず、俺は逃げるように店を後にした。
巽を、殺せなかった。
殺すことができた、殺そうとした、殺すべきだった——しかし、中谷巽を、殺せなかった。
俺は逃げるようにカフェから離れる。足が速くなっているのは、苛立ちのせいか、恐怖のせいか。激しくなった鼓動がなかなか治らない。
『機械仕掛けの神』はこんな俺を観察してどう思っているのだろうか。
見捨てられる? ——それはだめだ。俺は、なんとしてでも復讐を果たさなければならない。
俺は今、宙ぶらりんの不安定な状態にある。『機械仕掛けの神』の加護なしに、この過去に滞在することができないのだ——そう、聞いていた。
ひとまずは、落ち着ける場所が必要だ……!
俺は、ほぼ反射的にとある公園の方向を向いた。
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