セカンドシーン
気づけばそこは、とある駅の前だった。俺が高校時代に、
その懐かしさに、どうして、とはならなかった。俺はすでにその答えを知っていたからだ。
俺は、『機械仕掛けの神』が言っていたことを思い出す。
——貴様を一五年ほど過去に移動させる。その場で、
俺は全身を確認した。先ほどまでの大怪我が嘘のような、かすり傷ひとつない五体満足だ。
——我の力の一つ、『誅罰』を貴様に貸す。相手と目を合わせるだけで、その罪にあった任意の『誅罰』を与えることができる。復讐に役立てるとよい。
状況確認に徹していると、俺は辺りの暑さに気がついた。
どうやらこちらは夏のようだ。そういえば、先ほどから蝉がうるさい。スーツの冷房を、左腕のデジタルウォッチから起動する。スーツの内側のファンが周り、全身にスーツの内側で涼しい空気が循環する。これでこの暑さも凌そうだ。つい最近、暖房用から冷房用にスーツを変えておいてよかった。
スーツの冷房を起動する過程で気付いたのだが、どうやらデジタルウォッチの画面が割れてしまっていたらしい。修復の範囲は体自体とスーツまでだけだったようだ。とはいえデジタルウォッチは日付や気温、湿度を表示することも、操作もできている。殺されたにしては、上出来だ。
俺は胸ポケットに刺しておいたペン型スマートフォンを抜き出す。そちらは無事ではあったが、そもそも通信が来ていなかった。日時の表示も、未来のままになっている。
一五年も遡ったのだから、そりゃそういうこともあるだろう。
後ろのポケットを触ると、財布が残っていた。中には、各種カード類と申し訳程度の現金数千円——デザインが新調されたものを除いては、使うことができそうだ。カードは……未来のものなので使わない方がいいだろう。同様の理由で、スマートフォンの電子決済も不可。
ほかには、赤いハンカチ——高校時代に光にもらったもので俺の名前が縫い付けれられている、ぐらいだった。長期滞在することを考えなければ、十二分だ。
左手のデジタルウォッチの表示によると、今日は二〇二二年七月八日。確か、この日俺たちは——
「——痛ってぇ! おい嬢ちゃん。この怪我どうしてくれんだよ?」
「そんな。怪我って言ったって、ただぶつかっただけじゃないですか!」
ふと、そんな口論が聞こえてきた。反射的に、俺はそちらの方向へ視線を向ける。女子高校生と男——大学生ぐらいだろうか、が路地裏で何やら言い合っている。
「いーや、違うね。この痛みは確実に骨の一本や二本折れてるね。それで、どう償ってくれるんだ?」
「そんな、償えって言われたって……」
「じゃあ、一〇万円でどうだ? それで許してやるよ。払わなかったらどうなるか分かってるよなぁ?」
「一〇万⁉︎ そんな大金、持ってませんよ!」
どうやら、示談金目当てのアレらしい。金額からして、小銭稼ぎだな。下らんやつだ。俺は大きなため息を吐き、二人に近づいていった。
本当に、過去にまできて何やってんだか……。
「お金がないなら、そうだな……嬢ちゃん、いい体してるなぁ?」
そんなことをほざいてる男を尻目に、俺は強引に女子高生の手を取る。彼女は困惑した顔でこちらを見つめている。
この顔、どこかで見たことがあるような……?
「——ってあれ、
そうだ、この顔は
……この時代ではただの友人だが。なるほど、そりゃあ一五年も若返っていれば気付きづらいもんだ。
光の顔に、怪訝の色が加わった。思わず名前を口に出してしまったのが警戒させてしまったか。もちろんのこと、彼女は俺が誰かわからないのだ。
「おい、おっさん。誰だよ?」
……こいつは無視でいいか。
「ほら、早く行くぞ」
「え、あ、うん……」
俺は光の手を強引に引っ張り、男に背を向けてその場から連れ出す。それを挑発と感じたのか、男は一層荒げた声で、
「おいおっさん。そいつと今話してるのは俺なんだよ。わかったらさっさとどっかいってくれるか?」
「なんだ、もしかして整理券でも必要だったか?」
俺は冷めた目で、男の目を見つめる。すると、視界に赤い文字が現れた。
『今朝、野良猫を蹴った』、『昨日交際中の女性を憂さ晴らしに殴った』、『怪我をしたふりをして、示談金で小銭稼ぎをしている』etc……
なんだこれは、もしかして……?
俺はそのうちの一つを読み上げる。
「お前、昨日交際相手にドラッグを売ったな? いや、違う。昨日だけじゃない、定期的に……週に一回のペースの売っているのか?」
そう言った瞬間、男は硬直した。どうやら図星のようだ。男は動きを取り戻すと、怒りをあらわにした。
「——あんた、ストーカーか⁉︎ なんでそのことを知ってやがる! くそ、訴えるぞ!」
「そうか。それが答えか、クソ野郎」
やはりそうだ。赤い文字で表示されているのは、こいつが行った悪事の数々らしい。これが、『誅罰』の効果の一端なのだろう。
俺は光から手を離すと、心の底から男へ軽蔑の眼差しを向ける。どうせだ、この場で『誅罰』とやらの練習をしてみよう。
——お前は、この場で五時間激痛に苦しむのに値する悪人だ。
瞬間、男は顔色を変えた。あたりのものにしがみついて、立っているだけで精一杯といった様子だ。そしてすぐにも忍耐力が限界を迎えたのか、男はその場に腹を抱えてかがみ込んだ。
「うぅ……、くそ、なんだこれ——! おいおっさん、今のは謝る! だから救急車を呼んでくれ、今にも死にそうだ!」
「安心しろ、死にはしない」
俺は男の前に近づいて、耳元で告げる。
「これはお前が行ってきたことへの報いだ。誰にも知られず、一人その場で今までの行いを悔いているんだな」
ここは路地裏だ、激痛に倒れている人が出せる声量なんて限られている。きっと男を助けるものは現れないだろう。
俺は光の手を取る。
「ほら、行くぞ」
「え、いや、だって……」
そのまま、男を気にかける光を路地裏の外にまで連れ出す。どこまでも優しいやつだ、だから俺はこいつに惚れたんだけどな。
未来の光たちは無事だろうか。どうか、生きていてくれと願う。
「——もしかして、
路地裏を出た時、光がそう俺の名前を口にした。それがうれしくありつつも、俺はなるべくその感情を隠して、
「……。知らん名前だな、人違いだ」
俺はそう言って、光に背を向ける。光と息子の二人を逃すことしかできなかった俺に、光の感謝を受け取る資格はない。
早く全てを終わらせなくては。俺は復讐へ向けて、歩みをすすめた。
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