遡及する誅罰 ~過去へと、復讐へ~
とあるk
ファーストシーン
意識が闇に沈みつつある中、俺は思った。
本当に、呆気ない最期だったな、と。
視界はぼやけ、手足の感覚など疾うに失っていた。腹部から、ぬるりとした赤黒い液体が止め処なく溢れ出しているのがわかる。先はもう、短いのだと悟った。
息子の
どちらにせよ、今の俺にできることはただ祈るだけだった。本当に、不甲斐なくて、情けないばかりだ。
どうしてこうなってしまったんだろうか。そんな意味のない後悔が幾度となく脳内を駆け巡る。
関係がこじれ始めたのはいつのことだったか——明確に覚えている。
大学を共に卒業し、それから三年が経った六月のことだのことだ。俺は、生活に苦しんでいたあいつに一〇万円を貸した。
これが最初で最後だと、二人で言い合った——今思えば、それが最初の過ちだったのだろう。
その後、
きっと彼もそのことに気がついたのだろう。ある時を境に、彼はお金を返すことをはたりとやめた。
もちろん、俺は何度も返済を促した。しかし
その不満が噴出したのは、高校時代の友人で集まった時だった。俺は返済を促したが、巽はいつものようにはぐらかした。いつもならばそこで終わるのだが、何しろその日はひどく酔っていた。だから思わず言ってしまったのだ、『お前が借金を完済しない限り、俺とお前は対等な友人ではなくて、貸した借りたの上下の関係だ』と。
言った直後、しまったと思った。いつも温厚な俺が怒るとは想像していなかったのか、巽は驚きと好奇の混ざった目で俺を見ていた——これが、二度目の過ちだ。
その後の俺たちは、決して友人とは言えない。この言葉が心に引っかかり、俺の心は、日に日に彼から離れていった。そして彼は僕を、引き止めなかった。
まるで、『お前が借金を完済しない限り、俺とお前は対等な友達ではなくて、貸した借りたの上下の関係だ』——その言葉が実現したかのようだった。
——今となっては、彼への友好の気持ちの一切を失ってしまった。それは、彼も同様だったのだろう。
だからきっと、今のような事件が起こってしまったのだろう。
……ああ、憎い。巽のことが、どうしようもなく憎い。叶うのならば、彼を殺してやりたい思いだ。
腹部から液体が抜けていくにしたがって、空いた空間にドロドロとした別の何かが占めていくのがわかった。煮えくり変えるような、血液よりも熱い何かだ。
これは憎悪か? はたまた殺意か?
否、それら全てだ。ありとあらゆる悪感情全てが入り混じり、それが腹の中で渦巻いているのだ。
ああ、殺したい。
どうしても、殺したい。
どうしてでも、殺したい。
どのようにしてでも、殺したい。
殺して、歪めて、汚して、辱めたい。
だが、それも叶わない。俺はもう、意識が虚無に霧散するのを待つだけの存在なのだ。視界を失ってしばらく経つ。そのほか五感も全てなく、物理的な全てを知覚することができなくなっていた。
苦しさも、痛みも——だ。
……しかし、遅いな。死ぬ間際は時間が長く感じるというあれだろうか。こんな状態で生かされるのならば、もういっそ、早く死なせてくれと思う。
意識だけあっても、巽を殺せないのならば仕方がないのだ。
その時、俺は何かの存在を感じた。正面だ。
『そうか、それほどまでに憎いか。
誰だ、と確認するまでもなかった。俺がそう考えるだけで、そいつはそうと知っていた。
『我を表す言葉は数多ある。世の理、運命、因果……しかしあえてこの場で誰かと問われれば、そうだな——『機械仕掛けの神』とでも名乗っておこうか』
そいつの名が明かされると共に、いくつかの疑問が湧いて出た。
『一つ目の疑問について答えると、我は正真正銘の神——より正しくは、超常の存在である。そして二つ目の疑問について答えると、我は貴様の願いを叶えるためにここにいる』
対話ではなかった。俺はただ疑問を抱くだけで、『機械仕掛けの神』が全てを解決する。
『貴様が復讐を望むのであれば、我が相応の準備を行おう。貴様はただ、決断するだけで良いのだ——奴を、中谷巽を殺したいか?』
——決断。その言葉に、特別な意味を感じた。
一度、自分に問いかける。俺は、巽を、どうしたいのだろうか。
殺したいのか? ——そうだ。
苦しませたいのか? ——そうだ。
あの憎たらしい顔を苦痛に歪めたいのか? ——そうだ!
刺殺したくて、絞殺したくて、銃殺したくて、轢殺したくて、射殺したくて、惨殺したくて、虐殺したくて、圧殺したくて、暗殺したいのだ。
焼き殺したくて、突き落としたくて、斬り殺したくて、茹で殺したくて、溺れ死なせたいのだ。
ありとあらゆる方法で、ありとあらゆる苦痛を味わわせ、ありとあらゆることを後悔させ、ありとあらゆる地獄を経験させたいのだ。
俺は——
『決意は十分のようだな、ならば全ての準備は我が行おう。貴様はそこで少し休んでいいるといい』
そう言って、さっきまで感じていた『機械仕掛けの神』の存在感がなくなった。直後、俺は意識を失った。
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