第二十四話 作戦会議
「よ、久し振りだなクロノ。シアンも、元気じゃあなさそうだが、無事で良かった」
騎士団長アーグロスターとの決闘から一日明けて、俺とクラトノスは闘技場に来ていた。
正直、この敷地に足を踏み入れるだけで吐き気がする。もしクロノやシアンと顔を合わせていなかったら、今すぐここを破壊していたかもしれない。
そのくらい、ここは俺にとって暗黒の場所である。俺の人生を壊した、憎むべき連中が大勢いるのだ。
「ああ、相変わらず最低の暮らしをしているが、まあいつもと変わらないさ。計画の準備は順調に進んでいるし、こっちはいつでも動き出せる用意はできてる」
どうやら、クロノは調子が良いみたいだな。以前より「ああ」とか「まあ」とか意味のない言葉が増えたような気がするが、元からと言われればそんな感じもする。
それに、計画に関してもやはり闘技場奴隷組は動きが早い。貴族相手にコネ回しをする必要がなく、自分たちのタイミングで動けるのだ。
「僕は前よりも食事が良くなったよ。二ノ瀬君の登場回数が減った分、意識的に勝率を上げてるからね。……それでも、まだクロノ君の方がずっと強いけど」
シアンはこのニ週間で、少し身体つきが良くなったか。食事が改善されて、以前よりも血色が良くなったような気がする。
それに、自信もついているようだ。今までシアンは負け役をやっていたからな。最近は勝てるようになって、表情に余裕が見えるようになった。
確かに、シアンは俺やクロノほど強い闘士ではない。魔力量は多いはずだが、どうにも魔法が得意ではないのだ。
しかし、彼とて戦いの中で生きてきた闘技場奴隷だ。場数は俺よりもずっと多い。勝とうと思えば、勝てる試合などいくらでもあるのだ。
「クロノ君やシアン君は良いとして、他の皆はもう限界そうだね」
クラトノスが周りを見渡し、小声でそう呟いた。
うむ、彼女の言う通りである。アカネの献身によってある程度の食事は確保できているはずだが、精神的に弱っている者が多くみられる。
それもそのはずだ。今この集団は、二つの勢力に分断されつつある。
クロノが率いる奴隷解放派と、それに反対する勢力。この狭い空間での対立構造は、人の精神をすり減らしていく。
だが、どうやらそれにも終着点が見え始めているようだ。
奴隷解放派にはクロノという指導者がいるが、反対派にはそれがいない。実力も集団としての統率力も、圧倒的に奴隷解放派が上回っている。二週間後のアカネ救出までには、闘技場奴隷の全員が奴隷解放派になっていることだろう。
「しかし、やはりアカネを引き抜かれた弊害は大きいな。皆生傷が目立つようになった」
「そうだな。身体の方が先に限界を迎えるかもしれない奴もいる。それに、また病も流行り始めている。作戦決行まで持ちこたえられれば良いが……」
クロノとシアンの勝率が上がったことにより、俺以外の奴隷たちにも焦点があてられるようになった。
それまでは、皆に目が向かないよう俺が突出して強かったのだ。そのバランスが崩れたことにより、戦闘が得意でない者も出場回数が増えてしまった。
しかし、彼らにとって闘技場とは、勝ちの許されない一方的なものだ。主催者も、それがわかっていて彼らを起用する。
勝ちたくないわけではない。主催者に命令されているわけでもない。しかし、彼らには決定的に、戦闘に対する能力がなかった。
魔法の才能がない。格闘技の才能がない。動体視力も優れていなければ、分析能力も普通。そんな一般人がほとんどなのだ。
結果、皆負け続ける。一方的に嬲られ、抵抗もできず、ただ血反吐を撒き散らすだけ。それが彼等の闘技である。
「……ひとつ質問良いか? アカネ君が引き抜かれると、どうして彼等の負担が増える? アカネ君は特別戦闘のできる奴隷ではなかったと思うのだが」
「クラトノスは知らなかったか。でも、もう教えてしまっても良いよな? 奴隷解放作戦の中心にいるわけだし」
「ああ。俺の妹アカネは、治癒魔法の才能がある。今は弱いものしか扱えないが、これまで傷ついた奴隷たちを癒していたんだ」
俺やクロノも当然アカネの治療を受けることがあった。しかし、そもそも闘技場での勝者は専属の医師から治療を受けられるのだ。負けない限り、傷は癒せる。
しかし、非戦闘員である闘技場奴隷は、必ずと言っていいほど治療を受けられない。中には、本当に死ぬ危険のある大けがを負っても、そのまま歩いて帰ってきたやつもいる。
そんな彼らをギリギリで生かし続けていたのが、アカネの治癒魔法だ。
確かに、彼女の魔法は弱いものでしかない。専属の医師に比べれば、本当に微々たるものだ。
だが、それでも今まで死者なくやってこれたのは、彼女のおかげである。そしてだからこそ、彼女にはここにいてもらわなければ困るのだ。これ以上は、死者が出る可能性も高い。
もちろん、今一番辛い思いをしているのはアカネだ。クラトノスのところに移動したら、ちゃんとメンタルケアをし、休養も必要である。当然、闘技場奴隷として戦うこともさせない。
それでも、俺と同じく何度かこの場所に来て、闘技場奴隷の治療をお願いしたいのだ。
「そんな話はどうでも良いよ。それより二ノ瀬君、アカネちゃんはどうだったの? 僕としては、アカネちゃんを突き放した連中よりもそっちの方がずっと大事なんだけど」
話をぶった切って、シアンがそう言い放った。
いや、わかるぞシアン。今まで助けてくれていたアカネに、あんなことを強要する連中だ。俺だって許せない。しかし、もう少し話の流れを汲み取れないか。
「はあ、まあいい。……正直なところ、かなり厳しい状態だ。ニ週間は耐えられるだろうが、もしクライストが期限を延長するだなんて言い出せば、危ないかもしれない」
あの時、アカネは間違いなくカラ元気を見せていた。彼女の精神は、とっくに壊れかかっている。
もし俺が会いに行っていなければ、あと一週間遅ければ、アカネは壊されていただろう。
確かに、外面上クライストはそれほど悪い男には映らない。しかし、後ろに侍らせていた性奴隷を見れば、それはもう一目瞭然であった。
「それに関しては、私の仕事だな。安心して欲しい。残念なことに期限を早めることは出来なかったが、代わりに期限を遅らせることもない。そこは保証する。今後も、アカネ君に関する交渉は続けていくつもりだ」
「それは良かった。二ノ瀬君が信頼しているんだから、僕もクラトノスさんを信頼するよ」
以前まであんなに攻撃的だったシアンが、クラトノスを信頼しているとは。俺との関係性もあるだろうが、これはクロノが何か吹き込んだな。
……しかし、俺としてはクラトノスにあまり動いて欲しくない。というか、もうクライストに会わせたくない。
美しく長い髪も弱々しい瞳も、上手く隠してはいるが、今の俺には可憐な少女にしか見えないのだ。正直、本当はこんな場所にも連れて来たくはなかった。
彼女が女性であると知り、守らなければならないという思考が働いてしまっているのだろうな。以前よりも過保護になっている自覚はある。
そしてだからこそ、あんな男には会わせたくない。もしクライストが真実を知ったら、アカネのことを引き合いにどんな要求をしてくるか、わかったものではないのだ。
「とにかく、ひとまずは奴隷解放作戦よりもアカネが優先だ。俺の妹に手を出した罪、必ず制裁を加えてやるつもりではあるが、それは俺たちが正しく国民としての権利を手に入れ、正しい主張のもと行われるべきだ」
クロノは、相変わらず正義感が強い。俺だったら、確実に武力制裁を加えているところだ。
彼も本当はそのつもりだったようだが、クラトノスに影響されたか。彼の正義としての心が、非暴力に傾き始めている。
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