第二十三話 考察
「……クラトノスって、女の子だったのか」
クラトノスとの話が終わり、クロノたちには明日会いに行くことが決まった。
しかし、俺の心の中に、そんなことはもう介在する余地もない。まさか、クラトノスが女の子だったなんて、いったいどうして予想できただろうか。
小さい中庭で、ガラにもなく剣を振るう。なんとなく、拳を鍛えるのも筋トレをするのも、合わない気がしていたのだ。
いや、確かにクラトノスはかわいらしい顔をしている。男装をしていなければ、それこそウィッグなど被らずあの長い髪をさらけ出していたのなら、男と見まがうなどありえないほどだ。
ああ、今思い出してみても、俺に迫ってきたクラトノスは非常に美しかった。珊瑚に対する強い想いがなければ、きっとあのまま流されてしまっていただろう。
とても女性的な身体つきに、整った顔。清潔感溢れる彼女は、とても魅力的だった。あの一瞬、頭の中で何十回彼女を押し倒したことか。本当に危なかった。
しかし、クラトノスは領主の息子だ、という情報はなんだったんだ。俺が闘技場で戦っていた時も、そういうことで皆理解していたはずなのだ。奴隷も貴族も。
だが、蓋を開けてみたらどうだ。クラトノスは女子だと言うではないか。もう、何が何だかわからん。
剣を上から下に振り下ろすと、なんだかこの混乱が解消されるような気がする。けれど、再び剣を振り上げるころには、もうクラトノスへの疑問で頭がいっぱいだ。
剣を振りつつ、ひとつずつ解消していかなければ。大丈夫、俺は冷静だ。……本当に冷静か?
いや、まず考えるべきは、やはり領主家の謎だろう。領主クラリスは、なぜ女子を次の領主にしようとしているのか、という点である。つまり、なぜ男子を産もうとしないのか。
別に、領主クラリスの正妻が早くして死んだという話は聞かない。妾も、取ろうと思えばいくらでも取れるはずだ。この領地は闘技場があり、金に関しては困っていないのだから。
ではなぜ、女子であるクラトノスを領主にしようとする。それも、男装までさせて。
嘘が発覚するリスクを考えれば、男子を産む方が良いのではないか。その余裕が、この家にはある。
何も、男女差別的なことを言いたいわけではない。この国にも、未だに前時代的な感覚が根付いているというだけのことなのだ。
クライストがそうであるように、基本的に家は長男が継ぐもの。例外的に次男や三男が継ぐこともあるが、女子が家を継ぐというのは、よほど優秀でなければありえない。
クラトノスは確かに優秀で素晴らしい人間だが、考え方や価値観は、どうにもこの時代に適応していないのだ。
まず、この時代に非暴力を訴える指導者はほとんどいない。それも、彼女は宗教の力を借りず、完全に人の手でそれを為そうというのだ。
「まずもって、不可能と言わざるを得ないな」
この時代の人々は皆、それぞれの利益を求めて戦争を起こす。戦争のない時代もあるが、貴族たちの不当な搾取が潰えることはない。
それはなぜか。武力というものが、貴族に集中しているからだ。
農民や商人は、貴族たちから重たい税を課せられている。彼らに、剣や盾といった金属製の武具を買う金など残されていない。家族を養うので精一杯なのだ。
そしてまた、魔法教育を受けることもできない。
確かに俺やクロノ、シアンのように、独力で魔法を習得する者も中にはいる。しかし、魔法教育を受けることができれば、そんなものは最初から必要ないのだ。
俺たちが、数十人いる闘技場奴隷から魔法が扱える者を三人出す間に、貴族たちはまた数十人と一流の魔導師を育て上げることができる。
そして、俺が多対一ではまったく不利であるように、農民がいくら強力な魔導師を生み出そうとも、人である以上物量には敵わない。
「それがわかっているからこそ、非暴力なんてものを訴える指導者はいない。自分の地位が下がることを顧みないクラトノスの精神は美しい。しかし、この戦力差が少しでも埋まらない限りは、非暴力など実現しようがない」
彼女の考えは確かに素晴らしいものだ。きっと、多くの人間がそれを望んでいるだろう。
非暴力に反対するのは、自分の地位を守ろうとする貴族たちだけだ。しかし、その貴族たちの戦力が脅威だから、話が一向に進まない。
やはり、農民たちでも扱うことができ、それでいて強力な武器の登場が必要だ。それが成しえない限り、クラトノスの願望は叶わない。
であれば、領主クラリスが彼女に男装をさせる理由はわかる。彼女が彼女のままでは、領主になどなれないからだろう。領主にするのならば、男として生活させる以外に道はない。
「じゃあなんで、領主クラリスは二人目の子を産まない? 単純に、子育てが厳しくなったか? いや、そもそもそんな年齢でもないか」
クラトノスは現在22歳。ならばその父であるクラリスは、もう50近いおじさんだろう。
当然そんな年齢になれば性欲は衰えるし、生殖機能は劣化する。もう、子どもを産み育てるような年齢ではない。
もちろん、彼の妻ももう子を作れる身体ではない。生理など、とうの昔にこなくなっていることだろう。仮に異世界人の生殖機能が頑丈だとしても、そんな高齢出産はリスクが高すぎる。
しかしでは、なぜクラトノスを産んだ当時に、もう一人産まなかったんだ。
そもそも、領主家がたった一人しか子をなさないというのはおかしい話だ。
「これは、22年前当時のことを調べる必要がありそうだな。……いや、そんなことしてる場合じゃない! さっさとアカネを助け出して、奴隷解放をしなければ!」
危ない。クラトノスのことを考えていて、本来の目的を見失うところだった。
しかし、彼女にもどうやら並々ならない過去がありそうだな……。
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