第二十一話 正中線四連突き
俺たちの戦いは、拮抗していた。
アーグロスターの魔法が俺を貫くことはなく、しかし俺もこれ以上接近することはできない。五分五分の戦いだ。
唯一俺が勝っている部分と言えば、精神的有利以外にないだろう。
はたから見れば、今優勢なのは間違いなくアーグロスターだ。彼は俺を一方的に攻撃し続けている。俺はまだ、反撃に出れていない。そのことで、彼もまた精神的有利を保っていたのだ。
それが、まだ現状が変わらない。一方的に攻撃しているはずのアーグロスターは、しかし俺を潰すことができていないのだ。それは、彼の攻撃力不足を意味している。
対して俺は、まだこれと言った攻撃を見せていない。アーグロスターの腹を穿った槍脚以降、攻勢に転じていないのだ。
奴は今、焦っている頃だろう。自分の短所を正確に理解した。そして、それと同時に俺がどのような攻撃をしてくるのか考えている。
盤面を見れば押されているのは俺だが、ぶつかり合う二人の間には、明確に優劣が決していた。何の力も見せていない俺が、明らかに強い。
アーグロスターはこのまま時間を掛けて倒すつもりだろうが、あいにくと俺の魔力にはまだまだ余裕がある。
確かに剛柔は魔力消費が激しいが、それは属性魔法ほどではないのだ。
当然だろう。属性魔法というのは身体の外に魔力を放つのに対し、身体強化系は身体の中で魔力を循環させるのだ。
確かに、高い攻撃力を生み出す際魔力はエネルギーに変換されるが、端数の部分に関しては再利用が可能である。体内で魔力消費が完結している以上、たとえ魔力量に差があろうとも、闘士が負けることはない。
「そちらはもう魔力が尽きかけているんじゃないですかないですか、騎士団長アーグロスター殿!」
「何を言うか。俺の魔力量は、領主専属魔術師団をも上回るほどよ。貴様一人を潰す程度、何と言うことはない!」
強い言葉で返すアーグロスターだったが、俺は見逃さなかった。その頬に伝う一筋の汗を。
「それは、お強いことで。あいにくと俺の魔力は無尽蔵ではないのでね。そろそろ勝負に出させてもらいますよッ!」
まだ水の槍が吹きすさぶ中、俺は走り出した。
正直、これ以上距離が近づけば奴の攻撃を避けきれる気はしない。きっと受け止めるのがやっとで、反撃の機会なんてものは訪れないだろう。
しかし、今はこれでいいんだ。
距離が近づいた分、両の手だけでは受け切れない。格闘技をやっていて、あと二本腕が増えてくれたらと何度考えたことか。
しかし実際問題、そんなことは不可能だ。人間にできることはせいぜい、槍とかの長い武器を持つか、盾を使って防御面積を増やす程度。それか、もっと原始的な方法を使うのならば……。
「前の脚も使う!! 剛ッ!!」
俺は右脚の指先を鉄のように硬くし、奴の魔法を蹴り飛ばした。
「身体強化魔法、体軸……」
剛柔よりも難易度は下がるが、これをするだけで格闘の幅が無限に広がる絶技、体軸。
単純に体幹やバランスを整えるだけでなく、自分の拳が最も効率よく放てる姿勢を見つけ出す。立ち方走り方ひとつで、打撃の威力は何倍にも膨れ上がるのだ。
さらにこの魔法を使うと、片足で走れるようになる。もちろん両足で走るよりは遅いが、魔術師を屠る程度何と言うことはない速度を出せるのだ。
柔で極限まで可動域を広くした股関節は、通常の人間の一歩を軽く超える歩幅を確保できた。膝を曲げて空気抵抗を減らせば、後は回転させるだけ。つま先までしっかりと伸ばし、最大限加速する。
さらに俺の右脚は、こちらも指の先端以外を柔で強化している。
股関節や膝関節の可動域は当然広がり、体軸によってバランスも取れていた。二つの魔法が組み合わされば、俺の脚は手と遜色ない精密性を発揮できる。
実質三本目の腕。これならば、アーグロスターの魔法も受け切れる。あとは、如何にして奴にとどめを刺すか。
「なんだその動きは!? ……クソ、如何にも奴隷と言った、美しさの欠片もない動きだ。しかし、実に合理的である。……気に食わん!」
水槍の発射レートがさらに上がる。奴の本気は、まだ発揮されていなかったのだ。
1.5倍になった対応力も、本気の速射に押されてしまう。あまりの制圧力に、俺はたまらず右脚を地面に付けてしまった。
何せ、先程までは両の足を地面に付けていたのだ。それも、縦軸にして正面からの攻撃に備えていた。
それが、今は動き続ける片足が支えだ。先程までの攻撃ならば受け切れたが、これ以上威力も速度も上がれば、俺に対応することは難しい。
しかし、ここからまた持久戦に持ち込む訳にはいかない。三本の腕ならば辛うじて受け切れるが、距離は近づき発射レートも向上した魔法に、今の俺では対応できないのだ。
「こうなれば仕方がない。身体への負担は大きいが、上半身の全てを剛にするッ!」
俺は顔の前で手を組み、最低限急所だけはガードする。流石に、脳を固めるわけにはいかない。可能ではあるが、それでは戦闘にならないのだ。頭蓋骨を頑丈にする程度が、現実的なところである。
そして他の部位は、内臓などの障害は出るだろうが、構わず全て剛にする。体内の動きが確実に悪くなるのを感じたが、心臓だけが柔ならばそれで良い。しばらくは死なずに済む。
俺は可動域を極限まで広げた股関節を利用し、両の足で走り出した。
当然、奴の攻撃は変わらず当たり続ける。しかし、その悉くは俺の体表に弾かれ消えていった。水の槍も不可視の斬撃も、もう意味を成さない。
もちろん、下半身を狙われれば怪我をする。しかし、上半身に比べ下半身の怪我など大したことはない。動けさえすれば、下半身のダメージで死ぬ確立は低いのだ。
痛みはある。しかし、これを乗り越えなければ奴には勝てない。
別に負けること自体は構わないが、それでクライスト護衛の席を奪われるのは非常に困るのだ。奴隷解放作戦に支障が出る。
そうなればアカネを救うことも難しくなり、クロノやシアンたちの悲願を叶えてやることもできなくなるのだ。
そして何より、俺が日本に帰還するのも遅くなる。それだけは、何が何でも阻止しなければならない。
この一年間ひたすら強くなるための努力をしてきたが、それも全ては珊瑚のため。愛する妻のためのだ。
「彼女に、カッコ悪い姿は見せられん! 決着を付けようじゃないですか、アーグロスター!」
距離が近づいてもなお水槍を撃ち続けるアーグロスターに、俺は渾身のタックルをぶちかます。当たるわけはないと思っているが、近接戦闘はこれ以外にやりようがないのだ。
何せ、俺の上半身はそのほとんどが固定されている。関節も、当然動くはずはない。防御を優先するのならば、これを解除することは出来ない。
「その程度の攻撃が、俺に当たると思ったか! 近接戦闘ならば、むしろ俺の得意とするところだ!」
アーグロスターは魔法を放ちつつ、剣を大きく振りかぶる。
上段から放たれる斬撃。それに対して、俺はなんの対策も取らなかった。
「単純な物理攻撃で、この絶技剛柔が崩せましょうか! いえ、ありえませんとも!」
俺の頭部を強襲した魔剣だったが、剛で極限まで硬化した頭蓋骨が、これを確実に防いだ。足の先まで衝撃が伝わるも、俺の侵攻を止めることなど出来はしない。
「近接戦闘というのならばそれこそ俺の独壇場。魔法の連撃を緩めた今こそ、勝機です!」
俺は瞬時に上半身の剛を解除し、柔と織り交ぜた必殺の型へと昇華させる。
拳は硬く剛に、腕から肩の関節や筋肉は柔に。腰は捻りを加えられるよう柔に、衝撃を伝える骨は剛に。地面を正確に捉えられるようつま先は剛に、それを受ける筋肉は柔に。
放つは、超密着した状態から撃つ連撃、正中線四連突き。鳩尾、鼻頭、喉、金的の四か所をたった一動作で穿つ。
鳩尾は胸当てを貫通するまで深々と拳で貫き、鼻頭と喉は指突で凹ませる。最後の金的は、残るパワーの全てをぶつけた。
「ガ……ガポォ」
剣を弾かれた姿勢、ノーガードでこれを受けたアーグロスターは、泡を吹いて失神した。
「オオオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!!」
右拳を突き上げ高らかに勝鬨を上げる。闘技場奴隷の、定番中の定番である。いつもなら、ここで大盛り上がりなんだがなぁ。
拍手喝采は、起きなかった。
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