第二十話 VS騎士団長
腹から血を流しながらも、アーグロスターは立ち上がる。彼にとって、クラトノス護衛の任というのはそれほど大切なものだ。流血ダメージを負おうとも、試合を止めることはない。
「剣を抜かないのか、ジャック。貴様ほどの身体能力があれば、たとえ剣技に精通していなくとも、振り回すだけで俺を圧倒できるはずだ」
アーグロスターは、俺が帯剣しているにも関わらず、それを抜かないことを疑問に思ったらしい。
確かに人間基準で言うのならば、金属製の武器というのは非常に強いものだ。当てれば流血。重量次第では、部位欠損ダメージもあり得る。
それは、拳で相手を貫くよりも遥かに簡単で、驚異的なのだ。
……しかし、俺にはそんなもの必要ない。むしろ、武器を振り回すというのは身体の移動が大きく煩わしいほどだ。
まさに、俺が先ほどアーグロスターにしたようなことが簡単に起きてしまう。確かに技術力の必要なものだが、騎士団長ならば見様見真似でできるはずだ。
「俺は剣を抜きませんよ。圧倒的な勝利こそを、望んでいるので。騎士団長殿こそ、魔法を使ってこないんですか? 属性魔法に自信があるようでしたが、まだ一度も見せていませんよね?」
俺を圧倒するのならば、遠距離から魔法を放つのが一番効率的だ。闘技場で戦う衛兵や騎士連中は、大概遠距離魔法の使い手であった。
しかしこのアーグロスター、まだ一度も魔法を使ってきていない。
騎士団長になったくらいなのだから、魔法にも精通しているはずだ。それに、あの魔剣もある。俺を倒したいのならば、そちらを積極的に活用するべきだろう。
俺も騎士団長の魔法は数回しか見たことがないが、炎系統に関しては、以前戦った都市国家タナタリの英傑、炎のイグノと遜色ないほどだ。
イグノの炎魔法は俺を害することなどできなかったが、分隊を一つ壊滅させられるほどの威力を持っていた。騎士団長アーグロスターも、それができるはず。
それに、アーグロスターは世にも珍しい、四属性の魔術師である。炎以外にどんな魔法を持っているのか、俺はまだ知らない。
「フン、貴様に勝つのならば剣の腕と思っていたが、やはりそう簡単にはいかないか。認めよう。近接戦闘において、貴様は俺よりも強い! そして断言しよう、魔法を用いれば、貴様など俺の足元にも及ばないのだ!!」
アーロスターの剣が怪しく輝く。やはり、アレは魔剣というやつだ。魔法の威力を増幅する、一般的な杖の役割を兼任している。
属性魔法の使い手には、どの属性を使うのか色でわかるらしい。炎ならば赤、水ならば青、土ならば黄色、風ならば緑。
しかし、俺にそれはわからなかった。ただ白色灯のように白く光っているだけ。棒状のランプとまったく同じである。これが、無属性魔法使いが弱いと言われる原因でもある。
「まずは小手調べだ。これが防げなければ、貴様に勝機はない!」
せめてラノベみたいに技名を叫んでくれたら、こっちもやりようがあるものを。
まっすぐ突き出された魔剣の先端から、水の槍が射出される。真昼時で日光を反射していなければ、それこそ真夜中ならば、これを視認するのは難しかっただろう。
俺は咄嗟に屈んでこれを回避し、奴に一撃食らえてやろうと走りだす。身体を起こしては槍に貫かれるため、姿勢は屈めたままだ。
しかし、俺が近づくのと同じ分の距離を、アーグロスターは後退した。
これでは、奴に拳が届かない。闘士の辛いところだ。魔術師に距離を取られては、近づくのは非常に困難になる。
そのまま、アーグロスターは次々に水の槍を放ってきた。発射レートはさほど速くないが、見てから避けるのがギリギリで、これ以上近づけば避けられないだろう。
「見えるものだけが真実だと思うなよ、ジャック。不可視の斬撃が、今に貴様の首を切断する!」
「何を馬鹿なことを言いますか。こんなトロい魔法に、俺が当たるわけはないでしょう」
アーグロスターの魔法は確かに強力だ。この槍に触れれば、流血ダメージは免れない。しかし、ある程度距離を保っていれば、避けられないものではいのだ。
……そう、思っていた。
突然、俺の首に一筋の血が滴ったのだ。何が起きたのか、まったく理解できない。
とにかく俺は、奴から距離を取った。しかしそんなものは意味がなく、まさに不可視の斬撃が、俺の首だけを的確に狙ってくる。
「フハハ! 風魔法の斬撃を見るのは初めてか。いや、見えてもいないんだな? 貴様は属性魔法が使えないから、何をされているのかもわからないのだろう!」
か、風魔法だと!?
風魔法ってアレだろ? 突風を起こしたり帆船を動かしたり、戦闘向きじゃない魔法のはずだ。それが何故、俺の首を切りつけることができる。
「しかし頑丈な奴だな。普通ならばもう首ごと切断しているころだと言うのに、まだ切り傷数本程度しか与えられていないとは。やはり、貴様の身体強化の練度はすさまじいな」
……首を切断するほどの斬撃、だと? 空気を圧縮して放つだけで、いったいどうして首を切断できよう。
「考えられるのはたったひとつか。なら、賭けに出るしかない! 身体強化、剛柔」
俺はさらに、身体強化の練度を上げていく。
アーグロスターは水の槍に混ぜて風の刃を放ってきたが、そんなものはもうお構いなしだ。剛柔を解放した俺には、児戯にも等しい。
身体強化、剛柔。それは、シアンの故郷に伝わるという、身体強化魔法の極致だ。
剛は身体を鉄のように硬くする。骨はもちろんのこと、筋肉の細部に至るまで鋼の肉体となるのだ。
そして柔は、身体を水のように柔らかくする。筋肉や関節はもとより、骨すらも鞭のようにしならせることが可能なのだ。
剛に比べ、柔は少々難易度が高い。しかし、これを習得できれば、戦術の幅は大きく広がる。リーチを延長できるし、普通ならば撃てない角度から、突きを放つことが可能になる。
そして、この剛と柔を組み合わせた絶技が、身体強化、剛柔だ。指や拳の先端のみを剛で硬くし、力を伝える肩や腕は柔でやわらかくする。これこそが、格闘の最適解である。
右脚を前に、左脚を後ろに整えなおし、剛柔を用いた構えで奴の攻撃を迎え入れる。
水の槍はすべて指突で受け取り、不可視の刃も首を切り裂けない。俺が扱える身体強化魔法において、間違いなく最強の構えだ。
「な、なんだと!?」
さしもの騎士団長も、これには驚愕を隠せない様子である。先ほどまで優勢だったのが、たったひとつの魔法に覆されたのだ。
アーグロスターは負けじと水の槍を増やしてくるが、そのことごとくは俺の身体に届かず、右手と左手の連打で叩き落される。剛で硬くした首に、もう不可視の斬撃は届かない。
しかしこの魔法、当然短所もあるのだ。魔力効率が異常に悪い。
剛単体、柔単体ならばそれほど苦ではないが、剛柔を合わせた最強の型に昇華させると、それだけで消費魔力が跳ね上がるのだ。今の俺では、10分と持たない。
それに、集中力も使う。まったく異なる性質を持つ魔力を、それぞれ部位ごとに分けて使っているのだから当然だろう。並大抵のことではない。
だが、それは向こうも同じことだ。首を切断するほどの風魔法。それがどれだけの魔力を消費するかなど、想像もできない。
風系統の魔法は本来、人体に害を加えられるほどの力を持たないのだ。何せ、空気には重量がほとんどない。水魔法ならば簡単にできることも、風魔法では尋常でない技量と魔力を費やすのだ。
「この戦い、魔力と集中力を切らした方が先に負ける。俺に長期戦を挑んだこと、後悔させてやりますよ、騎士団長アーグロスター!」
「望むところだ! 貴様こそ、たやすく負けてくれるなよ、ジャック!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます