第十六話 会話テクニック
「ところでクライスト、アカネ君の件なのですが……」
「ああ、わかっているとも。残り2週間と3日。それまで楽しんだら、この娘はクラトノスにくれてやる」
……意外にも、クライストは約束事をきっちり覚えているのか。期日までちゃんと把握している。もっと雑な印象だったが、そうではないらしいな。
「しかし、クラトノスがこの娘を欲しがるとはなぁ。確かに可愛い女だが、このくらいの顔の者は、他にもいるだろう? 何がそんなに気に入ったんだ」
マズいな。クラトノスは俺たちとの約束によってアカネを救出しようというだけで、別にアカネに興味があるというわけではない。上手く誤魔化さなければ、奴に要らぬ探りを入れられてしまう。
「赤毛は珍しいですからね。アカネ君の美しさは、やはりその髪によるところが大きいでしょう。もちろん、スタイルも好みではありますが」
うむ、無難な返しだな。突発的な質問に対しても、クラトノスは何の淀みもなく答えている。彼はきっと、こういう場に慣れているのだろう。
なんだか、対話をしているのは俺ではないのに、こちらが緊張してくる。クラトノスに任せておけば大丈夫とは思うが、なんとなく背筋がぞわぞわするのだ。
「にしても、アカネか。実は、コイツもそこのジャックと同じく、闘技場奴隷だったんだ。その中でも一番美しく、試合で嬲られる様が非情に性癖だったから連れてきたわけだが……」
最低過ぎる。この男、闘技場での戦いを、華々しい闘争ではなく性欲のはけ口として見ていたのか。許せん。
確かに、俺たち闘技場奴隷はただの見世物だ。舞台装置でしかない。しかしそれでも、中には真正面から正々堂々と戦ってくれた者もいた。俺は、そういう奴らには敬意を持ってボコボコにしているのだ。
闘技場は、俺の中で神聖なものになっていた。戦っている間だけは、この辛い現実を忘れることができるのだ。何故なら俺は強いから。
それを、コイツは何と下劣な目で見ていたのか。確かに非戦闘員の試合はどれも一方的なものだが、それを見て別の意味で興奮していたとは。異常性癖にも限度がある。
「……アカネ君がジャック君と面識があるのは知っていますが、それがどうかしましたか?」
「いやな、順序が気になるのだ。お前が強い戦闘奴隷を見繕おうとしてジャックを買い、その後ジャックのためを思ってアカネを買おうというのなら、俺はすんなり納得できる」
……この男は、何が言いたいんだ。まさか、この期に及んでアカネを手放したくないなどと言うつもりではないだろうな。もしそうならば、俺がこの場で切り伏せることも考えなければならない。クラトノスは反対するだろうが。
「しかし実際は逆だ。お前は性奴隷としてアカネを欲し、その前座としてジャックを買った。なんだか引っかかるんだよなぁ」
「結局のところ、クライストは何が言いたいんですか?」
堪え切れず、クラトノスが聞いた。クライストの言葉の真意を、彼も図りかねていたのだろう。彼の目も、奴を見通すことができなかった。
「……クラトノス、お前は普段闘技場に行くような人間じゃないな? 暴力だの闘争だのが大嫌いなお前は、血と憎悪渦巻くあの場所には近づいていないはずだ。……いったいどこで、アカネを見つけ出した?」
「……!」
なんと聡い男だ。コイツ、評判や見た目とは裏腹に、相当頭のキレる男だぞ。まさか、そんな些細な不自然さに気付いてしまうとは。これの解答を、クラトノスは用意しているのか?
「あ、あっはっは! 確かに、私は闘技場にあまり行きませんね。騎士団の訓練場に顔を見せるのも嫌がるほどですから。やはりクライストには、しっかりと経緯を説明するべきでしょう。一応、売主という立場になりますし」
な、なんだと? コイツに、奴隷解放計画のことを話してしまうのか?
いや、それは絶対にダメだ。コイツが奴隷解放を認めるはずがない。
確かに、クラトノスに協力していれば、いつか誰の血も流さず奴隷解放は達成されるだろう。しかし、クライストはダメだ。必ず邪魔してくる。
(安心してください、計画のことは話しません。それっぽいことを言うだけです。彼女には少々悪いですが、最悪の事態になるのは避けなければなりません)
クラトノスは小さくそう言った。何か、考えがあるのだろうか。
彼はうつむいているアカネに、一瞬視線を合わせる。その時、俺にすら目を合わせてくれなかったアカネが、確かにクラトノスの目を見た。
何か、二人の間でごく僅かな意志疎通が図られたらしい。俺には分からなかったが、アカネの表情が先程よりも良くなっている。
「アカネ君のことは、父から聞きましたよ。とても良い性奴隷が見つかったと。私はまだ女性経験がないですから、貴族の御令嬢方に情けない姿を見せないよう、性奴隷でも買って練習しようと思っていたのです」
……クラトノス、今年で22になると聞いたが、女性経験がなかったのか。
いったい何故だ? 金持ちの貴族だし、優しいし正義感も強い。行動派で、一度決めたことは曲げないタイプだ。それに、時折女性のような一面も見せる。きっと一緒に生活していても、ストレスを感じないだろう。
そして何より、顔が良い。その金髪も、金の瞳も、ニキビのひとつもない美しい顔も、整った目鼻立ちも、声や姿勢さえも、彼の外面は完璧の一言に尽きる。
まさか、身長か? 身長なのか!?
こんなに完璧な男がいるのに、女性が食いつかないはずはない。もし原因があるとするのなら、俺には身長くらいしか思い浮かばん!
「しかし聞くところによると、彼女は本来闘技場奴隷だそうじゃないですか。今は運よく大きな怪我をしていませんが、もし一生残るような傷が付けば一大事です。性奴隷としては使えませんから。ゆえに、闘技場奴隷としての身分のまま性奴隷としての扱いをさせるという父を説得し、購入することにしたのですよ」
「なるほど。だが、叔父上ではなく管理者に直接話を付けていた俺に、先に彼女が渡って来たというわけか。これは申し訳ないことをしたな。だが、見ての通り目だった傷は付けていない。この2週間、彼女に無茶はさせないと約束しよう。可愛い従弟の頼みだからな」
な、なんと! 上手くこの場を凌いだだけでなく、あのクライストに最高の約束事までさせてしまった!
クラトノスとの関係性がある以上、クライストはアカネを下手に扱うことができない。やはり身分は奴隷だが、少なくとも他の性奴隷のように壊され捨てられることはないだろう。
「それは助かりますよ。クライストは少々女性の扱いが荒いと聞いていますから。いずれは私の子を生んでもらう女性です。傷など付けば、大ごとにしますよ」
……は?
「お前、それはどういう……」
「言葉の通りです。もちろん、私の地位を継承するような子どもではありませんよ? しかし、彼女の兄クロノは優秀な戦士です。ここで途絶えさせるにはあまりにも惜しいほどに」
……いかん。クラトノスが何を言っているのか分からなくなってきた。
まさか、これもクライストを誤魔化すための作戦なのか? いやしかし、これはあまりにも……。
気になって、チラリとアカネの方を見る。
何とも微妙な表情をしていた。クラトノスの言葉に惹かれているのか、それとも引いているのか。
まあ、そりゃそうだろうな。急に子を産めとか言われて、すんなり受け入れられるはずがない。まして、今は奴隷解放の運動をしている最中だ。
確かに性奴隷にとって妊娠は付き物だが、それはあくまでもできてしまうものであって、能動的にやろうとすることではないのだ。特に貴族は、奴隷の子どもという肩書を嫌う。
「まさか、クラトノスがそこまで本気だったとは。俺も大概異常性癖だと思っていたが、お前も相当だな。……いや、これ以上は何も言うまい」
「わかってくれましたか、クライスト。いや、アカネ君が私の元へ来るのが楽しみですね」
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