第2話  そのホラーちょっと待て!

「ククク、小宮山こみやま イラ。今日は夏らしく、ホラーを書いてきたぞ」

 

 また放課後、荘田しょうだ セツナが俺の隣にすり寄って来た。

 HRが終わったら、コイツの独壇場である。


「お、おう」

「なんだそのリアクションは?」

「べ、別に」


 言えない。水泳の授業で濡れた髪が乾いてなくて、なんとも艶っぽくなっているなんて!


「そうか、わかったぞ。この濡れた髪に、貴様は反応しているのだな!?」

「どうしてそれを!?」

「この荘田セツナは、なんでもお見通しなのだ!」


 さすが作家志望。読者の気持ちをとらえて離さないのか!?


「私の濡れた髪が、ホラー映画のスラッシャーみたいで怖いんだろ!?」


【待てい!】


 オレは、【待てい!】アプリを起動した。ロケにツッコミを入れるTV番組で使われる音声を、アプリ化したボタンだ。


「ぜんっぜん、怖くない」

「なんだと? もっと怖がってもいいんだぞ~」


 セツナが、オレに顔を寄せてきた。


 塩素がシャンプーにまぎれて、すごい切ない香りが漂ってくる。


 これは思春期には、刺激が強すぎた。


「や、やめい。早く小説を読ませろっ」

「そんなに怖いのかー仕方ないなー。でも聞いて驚け、小宮山イラ! 今回は逃げ場がないぞ。なんたって今日のテーマは、ホラーなのだから!」


 ホラーか。エンタメ小説では比較的難易度が高いっていうよな。


「微妙な反応だな」

「描いている人は多いんだけどな、公募でもホラーって微妙なんだよな」


 オレが言うと、セツナも「やっぱりな」とため息をつく。


「怖がらせようとしているが、ツボらないというのはザラにあるよな」

「お前のは、ちゃんと怖いんだろうな?」

「も、もちろんだ。お前がチビるくらいには。あーしまったな。介護用シートとか勝っておいてあげるべきだったなードラッグストアが近所にあるから、買ってきてやろうか?」


 えらく煽ってくるな。相当の自信作と見える。


「いいから読め。聞いてやるから」

「よし、いくぞ」

 


――さて、わたくし、廃校にやってまいりました。

 なんでもここは、四〇年前に惨殺事件があって、閉鎖された学校なのです。

 聞けば、生徒たちがナゾの儀式を行ってスラッシャーの魂を呼び出したとか。 

 そのスラッシャーがいじめられっ子の生徒に乗り移って、人殺しを繰り返したといいます。

 恐ろしいですねえ。




 ああ、いわゆる『迷惑YouTuber』系か。


 入っちゃいけないところに入って、呪いにかかる系の。で、呪いが世界に撒き散らされて主人公も巻き込まれてしまう、と。




――申し遅れました。わたくし、そのスラッシャーでございます。




【待てい!】



 オレは即座に、ボタンを押した。

 

【待待待待てい!】


 思わず、連打する。


「なんでスラッシャーが、関西のグルメリポーターみたいな入りやねん?」


 思わず、関西弁になる。


 出刃包丁をマイク代わりにしている姿が浮かんだんだが?


「いや、アーカイブ見てたらタージ○が鯛めしを食べに行くアーカイブが面白くて」

「やっぱりター○ンやん! 関西のグルメリポーターのレジェンドやん!」


 影響受けすぎだろ。


 まあ、ここから怖くなるんならいいか。怖くなるんなら、な。

 

――お、あちらに見えるのはカップルですねえ。

 ああ、真夜中なのをいいことに、この廃屋でマットを敷いて致しております。

 教室という異質な空間が、より性感を高めるのでしょうか。

 おっと、学習机の上に女性を乗せて、正常位の体勢になりましたね!

 フィニッシュが近いんでしょうか?

 まあ、あなた方はこれから、人生がフィニッシュするのですが。


 

【待てい!】



「ダレがうまいこと言えと」

「グルメレポ―ターらしいだろ?」

「○ージンやん! どっからどう見てもタージ○やん!」

「まあ、これからスラッシュするから待ってろ」

 よし、待ってやる。


――それでは突撃したいと思います。ごめんくださいましーっ!


【待てい! 待待待待待待待待待てい!】


「えらい連打したな!」

「怖くない! 笑いが止まらない!」


 ダメだ。レジェンドグルメレポーターの顔しか浮かばないじゃないか。

 こんなのどうやってイラスト描けっていうんだ?


「大事な殺人のシーンだから、見ていろ」

「わかった」



――おっと、二人して掃除用具入れにお逃げになった。

 ああ、いいですねえ。これで密着してしまってさらに高ぶってまいります。それでクライマックスのところを、わたくしがいただいてしまうと。

 参りますよ。扉を突き破ってブシャー! っと!

 見事ですねえ。具材が柔らかい。




【待てい!】


「食レポ!」

「黙ってろ」

「う、うん」


――はあー。最初の犠牲者が出てしまいました。果たして、主人公さんたちは無事に生き残れるのでしょうか。わたくしの毒牙にかからなければいいですねえ。それでは、次の章でお愛しましょー。


「はいOKでーす」


 はあ、またうまく殺してしまいました。


 ああ、もう慣れっこです。誰もわたくしからは逃れられません。


 わたくしとしましては、逃げ回っていただきたいのですが。


 相手の先が読めてしまう自分が悲しいです。


 涙が出てきました。


 また、完璧に殺してしまいました。できすぎる自分が悲しい。


 わたくしは孤独です。戦う敵がいないってのは、こんなにも辛いものなのでしょうか。

 



【待てい!】



「使○倒したときの綾○みたいになってる!」



 ある意味、怖すぎる!


 

「そっかーあんまり怖くないか」

「だな。お前の方がよっぽど」

「あれだな? お前のほうが怖い。略して『おまこわ』ってやつか?」



 おまかわ。


「おまえかわいいわ」の略だ。

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