第9話 詳細プロットに編集者がツッコミを入れる〈プロットづくり④〉

 みなさん、進捗どうですか。

 僕はいつもばっちりです。ばっちりということにしましょう。


 どうもどうも、編集者の岡田です。


「すごい創作術」を用いて新人賞用の作品をつくってみよう! という実践企画は試行錯誤しつつ進み、電気石さんはプロット作成をこなして詳細なシーンの連なりを書いてくれました。


 概ね、編集者というのはこの「プロット」の段階から大きくチェックを入れていきます。

 今回の企画のように、作家と編集者がアイデアの段階から意見を出し合って制作を進めていく場合もありますが、プロットとなった段階で、双方のズレが顕在化してきます。そのため、ズレを埋めていく段階にもなっていきます。


 電気石さんの詳細プロットは、物語を積み上げていく段階で陥りがちな隘路に入り込んでしまっています。


 それが――情報・シーンの詰め込みすぎ。


 アウトラインとして構成をまとめていたとしても、それを詳細化していくと「あれも入れて、これも入れて……」と書くことが膨れ上がってしまうのです。


『江戸ホスト』のストーリーで、読者が「読みたい」と思っているのは何でしょうか。

 それはアイデアの核になっている「江戸でホストクラブをやる」という部分のはずです。第一幕では華々しい『江戸ホスト』の世界を見せたいわけです。


 しかし、そこにたどり着くためのストーリーを“詳細に、丁寧に”やろうとするとどうでしょう。必然的に情報量が増え、書くべきシーンも増えていってしまうのです。


『江戸ホスト』でも、プロットを詳細化していく際に「主人公の内面的葛藤を描く」方向へ傾倒しすぎてしまっているのです。


 その流れを見ていってみましょう。

 ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』にもとづく物語の区分けは、岡田が行っています。



■電気石さんの詳細プロット


●シークエンス①

【オープニングイメージ】

・鷹羽(主人公の元力士)は、力士として仕えていた藩の誰より大切だった若君が病死した四十九日の夜、下弦の月の下、独り四股を踏む。

・若君との思い出がフラッシュバック。四股を踏んで地を鎮め、仁王立ちのまま刀を握り込む。

・駆け込んできた武士たちに自害を止められ、鷹羽は藩主の前に引きずり出される。


【テーマの提示】


・藩主が鷹羽の士分を剥奪することを告げ、刀を取り上げる。その瞬間、鷹羽は若君の後を追う資格を失い、それを思い知った彼は慟哭する。

・士分を取り上げてまで彼を生かそうとする藩主の思いが、鷹羽に生きなければならない「呪い」をかけることとなる。



●シークエンス②

【セットアップ】

・若君の墓から遠ざかりたくて藩を出、ただただ人の流れに従って歩いていく。

・宿場で客を引っぱり込みにかかる飯盛女が彼へしがみつくが、まるで引き止めることができない。一方的に突っかかってきた博徒と揉め事を起こすが、投げやりに一蹴。

・江戸に流れ着き、人目を避けるように盛り場から僻地へ。ようやく独りになる。

・店先で自分の錦絵を見るが、絵の様相と実際の様相は大きく異なるため、誰にも気づかれない。ついでに見た水茶屋の看板娘の錦絵を思い出し、ふらりと向かうことに。

・水茶屋ででかい体を縮こめて団子を食う鷹羽。


【きっかけ】

・風に乗って火事の煙がにおう。

・辿りついたのは、今にも燃え落ちようとしている料理屋。水をかぶった彼は、周囲の声を無視して内へ踏み込む。

・炎をぶち抜いて行き着いた先は個室のひとつで、そこで火を肴に悠々と酒を飲む女(はな)と出遭う。彼女に誘われ、共に飲むことに。

・焼け落ちた梁がはなへ降り落ちる。それを両肩で担ぐように受け止め、鷹羽は彼女の酒席を守り抜く。

・命掛けではなを助けにきた男たち(火消しではない)により、ふたりは命ながらえる。

・火事は大方収束。生き延びてしまったことに嘆息する鷹羽をはなは否定する。

・はなは男たちの反対を一蹴し、自分の家へ鷹羽を運ばせる。


●シークエンス③

【悩みのとき】(サブプロット……?)

・はなの家(立派な一軒家)で療養する鷹羽。鷹羽はすぐに出て行こうとするが、はなはそれを許さない。ここでちよとも出会う。

・医者面をした鼠窮に力士の鷹羽ではないかとかまをかけられるが、ただの捨蔵だと応える。しょぼくれた鷹羽の様に、ちよは憤りを感じる。

・飯もろくに食わず、庭木を相手に習慣となっている稽古をする鷹羽。肩の傷から流れる血にもかまわず打ち込む彼の背に、ちよは怒りよりもすねた子供の有様を見る。

・ちよの奮闘は実を結ばない。するとはなは鷹羽へ告げる。傷が開いたら酒が飲めないぞ。あっさり稽古を中断する鷹羽に、ガキの扱いなんざこんなものだと肩をすくめる。

・猛稽古を緩め、回復に専念するようになった鷹羽だが、なにもできずにいる自分が、自刃しようとした夜にも火事のときにも死ねなかった自分と重なり、落ち込む。

・ある程度傷は回復し、軽い稽古を再開する鷹羽。それを肴に酒を飲むはな。

・その後もなにを急かすことなく自分を見守るはなに、鷹羽は逆に焦りを覚える。

・悩む鷹羽の世話を焼くよりないちよは、本当にこれでいいのかと悩むように。

・はなとちよの対峙。鷹羽をこれからどうするのかを話し合う。

・鼠窮の診察。鷹羽の傷もほぼ癒えて、今後の話が鼠窮から切り出される。鼠窮が戯作者、きぬが声色師であることが明かされ、はなを救った鷹羽をモチーフにした話を書かせてもらえないか打診される。鷹羽はそれを断る。

・銭減らしの大飯喰らいがよく言うと、あきれながらも笑うはな。その様から鷹羽と彼女の距離が縮まっていることに心のざわめきを感じるちよ。

・ちよは自分が鷹羽の役に立っていないことを悔しく思う。と同時に、自分の節介は母親気取りなのかと悩むことに(無自覚な恋心の示唆)。それを悔しく思いつつ、こんなとき母が子にしてやれることだってあると奮起。

・悩みをごまかすように稽古を繰り返す鷹羽に、ちよはその稽古に意味があるのかと問う。わからないと応える鷹羽。ちよを前にすると、自分が子供のように素直になってしまう。できることがないからやっていることを吐露。

・ちよは口入屋(職の斡旋業者)のことを教え、閉じ籠もっているばかりでは気持ちも滅入る。行くだけ行ってみろと発破をかける。


●シークエンス④

【悩みのとき】

・鷹羽は諸々の準備をしてもらって口入屋へ。力士だった過去を隠したまま、自分にできそうな力仕事を探すが、曰くありげな彼は仕事を斡旋してもらえない。

・次の口入屋へ向かう彼の前にヤクザ者たちが立ちはだかる。いい仕事があると誘ってくるが、鷹羽は己を穢す真似はできないと拒絶。彼らを叩きのめすが、揉め事を嫌う口入れ屋界隈から閉め出されることに。

・帰ってきた彼を、はなは皮肉な笑みをもって迎える。人には分というものがある。鷹羽の分はそこらの男とはわけがちがうということだ。

・途方に暮れながらも、ならばなにができるかと口にする鷹羽に、はなとちよは微笑む。鷹羽を風呂へ送り出したちよを、お手柄だと褒めるはな。

・鷹羽の分が市井からはみ出すなら、それに見合った先をくれてやらなければなるまい、とはなは考える。



●シークエンス⑤

【悩みのとき】

・鼠窮は最後の診察を終え、鷹羽に傷が癒えたことを告げる。ただし痕は消えないと言われるが、鷹羽は気にしない。奉納相撲を思い出しながら痕の残る両腕を拡げ、土俵入りを演じてみせる。

・それを見ていたはなは、そういえば先に燃えた料理屋の建て直しが済んだと告げる。

・商売を再開するのかと問う鷹羽に、はなはかぶりを振る。そして鷹羽に、できる仕事もないのだろう。思いがけず縁を結んだあの店を貸してやるから自分で商売してみろと切り出す。

・鷹羽は困惑。棒手ぼて振り(魚の歩き売り)ならばいざ知らず、店を持つとなればなにを売る? 

・料理屋なのだから、そのまま料理や酒を出す店として使えばわずらわしさは減るのでは? ちよの発言に、鷹羽はふと以前見た看板娘を思い出す。しかし、料理の心得などない男の自分が、ましてや接客などできるものか。

・はなが言う。看板娘は接客も大事だが、それよりも自分にしか出すことのできない価値を売るものだ。鷹羽という男に売るに足る価値がないとは思わない。

・料理は自分が手伝えるとちよが請け合い、根回しはこちらでしてやるとはなが言う。鼠窮も手伝おうと言う。逃げ場が塞がれた状況に、鷹羽は受動的に承知することに。

・流されるままに店を始めることとなった。しかも売り物は看板娘さながらの己が価値。鷹羽の心は躍るどころか盛り下がる一方。それでも世話になった者たちへの義理を通すにはやるしかないと自分に言い聞かせ、稽古をする。


●シークエンス⑥

【第一ターニングポイント】

・数日後、料理屋に集まった一同はどのような店にするかを話し合う。鷹羽をよそに進む話。その中で茶と酒、簡単な料理を出すことは決まる。

・貸し賃が三月で100両だと明かされる。驚愕する一同。どう考えても無茶過ぎる。ちよは鷹羽をかばい、はなへ食ってかかる。

・はなは取り合わず、鷹羽を見据える。これは勝負だ。鷹羽が勝てばこの店はその100両でくれてやる。鷹羽が負けたときには自分が鷹羽を殺してやる。どちらにしてもいい話だろう?

・唐突な申し出に鷹羽は一瞬困惑するが、はなが自分のために一世一代の勝負を仕掛けてくれたことはわかる。これほどの女に殺されるなら悔いはない。いや、それよりもなによりも、心意気に応えたい。

・ただひと言、「応」。鷹羽は告げる。




 ……さて、一旦ここで止めましょう。

 プロットを読み進めながら、元の構成の途中である「鷹羽が店を任される」のところで【第一ターニングポイント】となってしまいました。


 このプロット、どこに問題点があるかわかったでしょうか?


 第一幕のボリュームとして【悩みのとき】にあたる部分が膨らみすぎており、そこに【サブプロット】となるべき恋愛要素も絡めてしまっているため、なかなか本筋が進んでいないのです。


 主人公である鷹羽の為人ひととなりを見せるようとしてシーンをいろいろ描いてしまい、それが余分な情報として配置されてしまっているのです。


「第一幕を改善しよう!」ということで詳細プロットを作ってもらってきましたが、こんなにも膨らんでしまいました。これまで見てきたとおり、アウトライン作成の段階で「要素が多い」と指摘を入れて、内容を削ったのにもかかわらず、です。


 元のアウトラインに従うように、このあとに鷹羽が店を始め、御郎と出会い、経営がうまくいかない中で土俵入りを見せる……という流れになっていくのですが、僕の見立てとしてはすでにそれで物語は中盤まで進んでしまうのではないか、というボリューム感でした。


 そこでこのプロットを読んだ後に、電気石さんと打ち合わせを行っています。


「とにかく、鷹羽がはなの家で治療をして悩んでいるシークエンスが長すぎる」ということを伝えました。本作では主人公である鷹羽の内的な葛藤が大きな要素となっていますが、序盤からその葛藤を描きすぎても、読者は困惑してしまうでしょう。


 ブレイク・スナイダーが『SAVE THE CATの法則』の中で示しているように、主人公の鷹羽は〈危機一髪・猫を救え!〉の教えの通り、身を挺して火事から女性を救い出します。そこから物語が転がりだすと思いきや、〈静止=死〉の観念が色濃く出てしまい、主人公がなかなか動き出さないのです。


 スナイダーの提示するストーリー・タイプに当てはめると、『江戸ホスト』は「人生の岐路」と言えるでしょう。

 このジャンルに必要な指標は、

①人生にかかわる問題

②解決のための“間違った方法”

③問題の解決策は“受容”


 尊敬していた若君の死と士分剥奪によってすべてを失った主人公。彼は“死”という間違った解決策を試みようとするが、謎の女性はなとの出会いで考えが変わっていく。はなから無理やり、水茶屋の経営という新たな生き方を提示され、これから先も生きることを“受容”していく……。


 ジャンル的にはこのような流れが考えられます。

 それらを踏まえて提示した変更案がこちら。


①「江戸ホスト」の見せ場を優先し、三~四章のシーンを削り、テンポ良くまとまるように切り詰める。構成を変更する。

②鷹羽が店を持つことになるシーンを【第一ターニングポイント】とし、鷹羽の心境の変化と人間関係の構築をひとつの盛り上がりとして作る。


 打ち合わせの中で、やはり『江戸ホスト』なのだから、鷹羽の土俵入りを最初の見せ場としたい、ということになり、構成を見直すこととなりました。


 プロット修正の段階で作者にできることは、

①物語の描きたい軸を重視して、枝葉になるエピソードを削ったり、展開の構成を変更する。

②増えた要素に合わせてアウトラインを変更。後の構成も見直す。

 このようになるでしょう。


 今回は①となり、全体構成を見直すこととなりました。

 第一幕で描くべき要素・トピックを厳選し、再構築していきます。


 ここからプロットがどう変容するのか。面白くなるのか。

 それが創作の難しいところであり、楽しいところです。

 自分の描きたいものについて、どう情報をだして描いていくか、その取捨選択を実践的にやっていきます。


〈毎週水曜日更新予定〉

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