第37話 炎のヴァシーリー

 報告を受けたアストレアらは急ぎで馬を飛ばした。

 先行部隊の言葉を疑ったわけではないが、やはりそう簡単に信じられることではなかった。

 予定時間より早く到着した一同の目の前に広がったのは報告の通り火の海と化したヴァシーリーだった。


 何故このような事になっているのか。


 (共和国民による暴動?それとも第三国の介入?)


 様々な可能性を巡らせるも分からない。情報があまりに不足している。

 ならば突入して内情を探る他ないだろう。

 しかし、中の状況が分かっていないにも関わらず無策で突っ込むのは愚の骨頂。もしやすると罠の可能性だってあるのだ。


 そこで軍部は少勢での潜入を決定した。

 メンバーはアストレア、カストルをはじめとした【星乙女騎士団】の精鋭数人に加え同行を強く志願したシン。

 千変万化メタモルフォシスも一緒に行きたがっていたが、正体が露見する危険に加えシンほどの信用がないという理由でフォルトゥナと留守番になった。


 そして、アストレア主導の下、ヴァシーリーへの潜入作戦を開始。

 市壁をよじ登り、街を見渡した時一同は絶句した。


 「何よ……これ……」


 そこにあったのは地獄だった。

 莫大な財貨を注ぎ込み造られた、美しく荘厳な街並みは業火で覆われ、その膝下では虐殺が行われている。

 明らかに正気を失った目つきの人間が人々を襲い、喰らっていた。

 ある者は背後から襲われ、ある者は逃げ場を失ったところを集団で囲まれ、ある者は喉笛を噛みちぎられ、殺されていった。

 響き渡る怒号と悲鳴、迸る血飛沫と命の火、崩れゆく街並みと人々の営み。

 それら全てが入り混じり赫の地獄を形作っていた。


 「早く行かないと!」

 

 正義感に駆られ、助けに行こうとするアストレアだが、カストルがその腕を掴み止めると静かに首を横に振った。

 ヴァシーリーの人口は700万人。例え現状の生き残りがその半分以下と仮定しても無闇に助け続けるのはキリがない上、あの数から救助者を守りながら脱出するのはハードルが高すぎる。自分の身を守るのが精一杯だろう。

 そもそも相手は異国人嫌いで知られる共和国民だ。助けたとしてもどんな仇で返されるか分からない。助ける命は選別する必要があるだろう。


 口で説明されたわけなどではなかったがそのことをアストレアは理解すると悔しげに下唇を噛み締めた。


 「まず助けなくてはならないのは首脳陣です。彼らがいなくては条約を結ぶことが出来ず、勝利の価値が半減します。そして、上層部にならこうなった原因を説明出来る者がいるやもしれません」


 以上のカストルの見解から首脳陣がいる可能性の高い総統府へ向かうことが決定。

 それに国の中枢である総統府はそれだけ警備も固い。多くの生存者も期待出来るだろう。


 報告と兵達を引き連れることを兼ねて一時帰還するアストレア以外の者たちが先行隊として総統府へ向かった。

 土地勘のあるシンが先導することでスムーズに総統府に辿り着けるはずだったのだが――、


 「何だ……コイツらっ!」


 それを阻むのは目に狂気を宿した共和国民。

 シンたちを見ると皆一斉に屍肉に群がるハイエナのように殺到した。

 それでも彼らは戦闘訓練など受けていない一般人。王国軍の中でも実力者の部類に入る【星乙女騎士団】にとってはいくら数がいても問題ない――はずだった。


 「何だこの力……まともじゃない!」


 剣に噛み付いてきた敵を押し返し、陽炎で焼き尽くすカストル。

 戦い方こそ素人同然だが、一人一人の身体能力が高く、しぶといせいで倒すのに想定以上の労力と時間がかかっていた。

 それでも流石は【星乙女騎士団】。狂気の群勢を相手に一人の犠牲も出さず善戦している。


 だが、前に進めない。敵を相手にするのに精一杯で行軍が止まってしまったのだ。


 「カストル……!シンと一緒に先に行けっ!」


 これでは埒があかないと判断したアドニスが先行するよう叫ぶが、カストルはそれを拒絶する。


 「何を言ってる!お前たちを見捨てろと言うのか!」


 「お前こそいつまで俺たちを子ども扱いしているつもりダホッ!」


 「ダホ!?」


 思いがけないアドニスの反駁に虚を突かれるカストル。


 「俺たちだってな、アストレア様に近づくために努力してんだよ。そりゃあ、お前なんかにはまだ届かないかもしれねえけどよ……いつまでもおんぶ抱っこされてるようなガキじゃねえんだよ!」


 一気呵成に敵を斬り捨てるアドニスと団員たち。

 アドニスの言う通りその背中はアストレアやカストルと比べると頼りない。

 しかし、その中に彼らの成長を感じたカストルは自嘲げに笑うと――、


 「そうだな……お前たちも【星乙女騎士団】の一員なんだ。ここ任せたぞ!」


 そう言うとシンに「来い」と目配せをし、走り出――、


 「――その前にシン!俺植物ないと戦力ゴミだから行く前に助けてくれねえかあ!?」


 ――そうとしたところで直近でも聞いた気がする文言がかけられて足が止まる。

 なぜこの人はいいところで締まらないんだろうか。

 シンは呆れた目を向ける。


 「だからそういうことは先に言っておきましょうよ……」


 同じようにカストルが呆れた視線を向けているのを背中に感じながらシンはボヤいた。


 ◇


 そこからは決死の行軍だった。

 押し寄せる大群を蹴散らしながら総統府へと突き進む。

 道などない。見渡す限り死体と生ける屍で溢れかえっている。

 故に自分で切り開くしかなかった。

 そのために一心不乱に剣を振るった。

 寝てる間のような一瞬だった気もするし、果てしなく長かった気もする――時間の果てシンとカストルは総統府へと辿り着いた。


 「やっぱりいつもいた見張りの人はいないな……」


 「それはそうと着いたならさっさと降ろせ」


 肩からそんな苦情めいた声が聞こえた。

 目をやるとそこに肩に担がれたカストルがこちらを睨んでいた。

 そう言えばそうだったとシンはカストルを肩から降ろす。


 何故このようなことになったかについては単純明快。シンの方が足が圧倒的に早く、カストルが遅かったため担いで行った方が早いと判断したからだ。

 そのためずっと肩に担がれた状態のカストルは道中何もしておらず、年下の少年に守られるという屈辱を味わう羽目になった。

 早く自分の足で立ちたいと思うのは当然だろう。


 「開かないな……やはりここに立てこもっているらしい」


 総統府玄関口のドアに手を掛けたカストルが呟いた。

 鍵がかかっているということは中に誰かいるということ。それはここに勤める者――政府高官の可能性が高いだろう。


 カストルが「開けろ」と命じるとシンがマルミアドワーズで扉を破壊する。

 そして開かれた中の光景を見て二人は言葉を失った。


 「!?」

 「なっ………!」


 扉の先にあったもの――それは惨殺された人々の死体だった。

 死体なら建物の外にも腐るほどあるが、異なる点は皆が高価な服装に身を包んでいるということ。

 つまりこれは目当てであった共和国首脳陣らである。


 「……警戒しろ」


 それだけ言うとカストルは剣を構えた。


 「まだ建物内にこの惨劇を生み出した下手人がいる可能性がある。気を引き締めろ」


 唯一の出入り口である正面玄関が閉められていたままということは建物から出ていない可能性が高い。無論殺し尽くした後、窓などから脱出したという線もあるが、用心するに越したことはないだろう。

 そのことをシンも理解すると周囲を警戒しながら総統府内へ入った。


 総統府の内見を一言で表すとすると悪趣味だ。

 統一感もなければ侘び寂びも感じられない前衛的なデザインの内観に金にものを言わせた不必要なほど華美な装飾、やたら多い部屋数に無駄に長い廊下と階段、それらを職人の努力でどうにか一つの建物に仕上げたという印象だ。それにトッピングとして眩暈がするような主張のうるさい調度品が多く飾られており、真っ当な感性を持つ者なら胸焼けを起こすであろう。


 だが、今はそんなことは微塵も気にならない。

 どこに潜むか、そもそもいるのかすら分からない敵と生存者を探すのに二人とも集中していた。

 倒れた死体はどれも浅い傷がやたら多く、這いずった跡が残されていた。

 恐らく痛ぶりながら殺されたのだろう。

 その顔はどれも涙と血に濡れ、恐怖の顔で固定されていた。

 カストルが不快感に顔を顰めた。


 そして、警戒度を極限まで上げた探索の中、二人の目に留まったのは壁に磔にされた男の死体だった。

 他の死体と比べても傷が多く長い時間をかけてじわじわと殺されていったのが分かる。

 爪は全て剥がされ、顔には打撲痕、胴体には切り傷が無数に刻まれ、四肢は釘を打ち込まれる形で固定されており、それが死体と壁を固定していた。

 これだけ見ると拷問の末殺されたように思えるがカストルはその目的が情報などを吐かせることではなく、痛めつけること自体にあるように感じられた。


 「あーーっ!」


 そんな惨殺死体を調べていた中でシンはあることに気が付き声を上げた。


 「うるさいぞ貴様」


 「カストルさん……この人、総統様ですよ」


 「何ぃ!?」


 次はカストルが声を上げる番だった。


 (何故共和国の総統がこんなことに……一国のトップの暗殺など周辺国家が黙っていないぞ。誰が何の目的で――)


 「おっ?まだ生き残りがいたのか、いや……アンタら共和国人じゃないな?」


 そこへ二人ではない、三人の男の声が聞こえた。

 咄嗟に背後を振り返る二人。

 そこには片手半剣バスタードソードを片手に持ち、額に布を巻いた、粗野な雰囲気を漂わせる残虐な目つきの男がいた。


 「…………貴様……」


 「カストルさん?」


 男を見た途端カストルが目を見開き震え始める。

 最初、シンは怯えているのかと思ったが違う。

 これは怒りの感情だ。その身を焦がし尽くしても尚煌々と燃え続ける瞋恚の炎だ。


 「おいおい!まさかお兄様かァ?こんなトコで会うとは奇遇だな!聞いたぜ〜噂じゃ愛しの弟クンと再会出来たそうしゃねえか。兄弟の絆が成せる奇跡かァ?良かったなァ」


 愉しげに挑発するようにゲラゲラと笑う男。

 対象的にカストルの顔は肉を食い破ろうとする獣のような苛烈な表情へと歪み、力を込めた腕と肩の震えが一層激しくなってゆく。

 そんな初めて見るカストルの反応にシンは困惑する中、その血走った目に現れたもう一つの感情に気がついた。


 それは憎悪。この世の最も憎っくき者に向ける深い憎悪の感情だった。


 「レオナアアアアアアアアアアアアル!!」


 地獄から這い出たような怨嗟の叫びとともにカストルはレオナールと呼んだ男へ混じりっけない殺意の篭った真炎を撃ち放った。

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