第31話 皮算用

 共和国軍の中に苛立ちを隠しきれない様子で膝を揺すらせる目つきの鋭い男がいた。

 男の名はアラム・クリーク。今回の戦争における共和国側の最高指揮官を務める人物だ。


 「何故この私があの凡骨――ひいては卑しい奴隷のために軍を率いらなければならん……」


 そう悪態を隠そうともせず吐き捨てる。

 今回の戦、全てが不満だった。


 まず備蓄の不足。本来なら潤沢な補給を以って今回の戦も行えるはずだった。

 だが、それを可能にするはずの人工食物に問題が発生し、このような不安を残す形での出陣を強いられてしまった。

 続いて愚図の尻拭い。これが今回アラムが駆り出されることになったそもそもの原因。

 例え人工食物が生産出来なくなっても、元々その役割を担っていた奴隷――21番に食料を作らせれば何の問題もなかったはずが、奇襲部隊とやらの隊長がその21番を無断で連れ出し、あろうことか捨て駒として置き去りにしたというのだ。


 21番が存命だったというのが不幸中の幸いであったが、そのせいでアラムは本来直接の繋がりのない奇襲部隊隊長の尻拭いをさせられることになった。

 加えてアレクサンドルには「失敗したら貴様も更迭だ!」と脅される始末。

 いっそのこと殴り飛ばしてやろうかとも思ったが必死に耐えた自分には賞賛を送りたいほどだった。


 (そうだ。帰国したら軍事クーデターでも起こしてやろうか)


 そんな物騒な企みがアラムの頭を過った。

 しかし、出来るかもしれないという確証がある。


 現在、首都ヴァシーリーに戦える兵はほとんど存在しない。

 人工食物による健康被害で多くが倒れたのと残った戦える戦力の大半をアラムが率いているからだ。

 戦力的にはヴァシーリーを落とすのに何の問題もない。

 更にクーデターの成功には大衆からの支持が必要だが、これも問題はない。

 アラムはアレクサンドルが元々詐欺師であったということに加えて様々な不祥事を握っている。

 現状、アレクサンドルの国民からの支持は低い。そこへアラムが爆弾を放り込んでやるとどうなるか。

 不満の爆発した大衆は愚物総統アレクサンドルを打倒しようとする自分アラムを支持するに違いない。


 そんな皮算用に思いを巡らせていたアラムに二つの知らせが飛び込んできた。

 一つは良い知らせ。前方に王国軍が見えてきたという報告。

 二つは悪い知らせ。その王国軍が進軍を停止したということだ。


 それを聞いたアラムは膝の揺すりを激しくさせ、苛立ちに顔を歪める。

 一つ目の良い知らせが掻き消えるほど二つ目の知らせが好ましいものではなかったからだ。

 王国軍が進軍を止めた。この動きが指し示すのは王国がこちらの食料事情を認知しているということ。


 (何故知っている?情報が洩れた?だとすると上層部の不手際か?)


 悪化していく現状への怒りが沸々と込み上げてくるもすぐに意識を切り替える。


 「全軍止まれ!」


 そして、張り合うようにアラムも停止命令を飛ばす。

 だが、全員が専業戦士の王国軍と違い共和国軍は素人の寄せ集め。ぎこちなさを感じさせる統率感のない足踏みで歩みを止めた。


 一度進軍を止めることになった原因は王国軍と共和国軍を分け隔てるように流れる急流にあった。

 川の深さはそう深くはないが、流れが速い。決して渡れないということはないが、手を焼くであろうことは想像するに難くなかった。


 「防御手段を持つ者は前へ出よ!そのまま前進する!」


 しかし、構わずアラムは進軍を指示した。

 川に入ってしまえば足を取られ進軍の速度が格段に鈍る。格好の的になるのは明白だった。

 それでもアラムが強行を選んだのは消極的な二つの理由があった。


 一つ目は王国軍が先に動き出すのに期待が持てなかったということ。

 王国でシンの生存が確認されている以上、その力をかつての共和国のように利用していると考えるのが自然で向こうの備蓄は整っていると仮定すべきだ。

 つまり先の戦争とは立場が逆転している。王国軍は交戦のリスクを冒すことなく共和国軍が消耗するのを待っていればいいのだ。わざわざ川を渡る理由がどこにもない。


 二つ目は時間がないということ。

 迂回することで川を避けるという策もあるが、大幅な時間ロスになる。それだけは避けなければならなかった。

 現在、共和国に食料はほとんど存在しない。兵同様ほぼ全てをアラムの軍が持っていってしまったからだ。

 早くシンを連れ帰らなければ民衆の不満が積もり最悪国が崩壊する。

 廃墟の国の玉座に座りたいと思えるほどアラムも酔狂ではなかった。


 とにかく共和国には時間がない。

 故に進むしかなかった。


 だが、無策で突っ込むわけではない。

 遠距離攻撃を撃ってきた場合は前衛に出した盾持ちの兵士と防御系の『聖痕スティグマ』を持つ能力者で攻撃を防ぎ、距離を詰めてきた場合はその背後に控える銃兵隊で返り討ちにする。そうしてなんとか川を渡るのだ。

 それでも前衛の者達は多くが討たれてしまうだろうが、それはそれで倒れた死体が足場になるので川が渡りやすくなる。

 今出来得る最善の策だとアラムは自画自賛した。


 しかし、王国が打ってきた一手は予想を覆されるものだった。

 王国軍が二つに割れ、その間から二人の男女が登場する。

 その両方にアラムは見覚えがあった。

 一人は王女アストレア、そしてもう一人は雰囲気こそ変わっているが、間違いなく21番――シンだった。


 (何故奴が前線に!?――いや、この際どうでもいい。これは好都合捉えるべき!ここで21番を捕縛する――!!)


 そう息巻いた時だった。

 前へ出たシンが背負っていた大剣を鞘から取り出す。

 とても大きな剣だった。シンの身の丈よりも大きく、無骨で人を殺すことだけを考えて作られたような形状を取っている。だが、その凶々しい印象に相反して不思議と見た者の目を奪う、美しく壮麗な雰囲気を纏っていた。


 シンはその大剣を棒切れでも持つかのように軽々と構える。

 すると――シンの周りを風が吹いた。

 実際に風が吹いたわけではない。現に隣にいるアストレアの髪が靡くといったこともない。

 だが、シンの青黒い髪は揺れていた。髪先がまるで摘まれたように浮いている。

 シンの周りだけを風――のような何かが循環していた。

 それに呼応するように大剣に魔力が輻湊してゆく。


 そして、シンは大剣を掲げると――勢いよく振り下ろした。


 その一振りは魔力の衝撃波となって共和国軍の前線を飲み込み、数多の命を屠った。

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