第21話 『万葉集』最後のうた

 「ところで、『万葉集』の最後の歌って、知ってますか」

 桐原の弟が尋ねた。

 ものすごく真剣な目をしていた。


「知らない」

 正直に俺は答えた。

 家持の役割さえよく知らなかったのだ。どこにどの歌があるかなんて、知るわけがないではないか。


 弟は笑い出した。

 すぐにまじめな顔になって、暗唱した。


「新しき年の始の初春の今日振る雪のいや吉事よごと」*


(新しい年の初めの、初春の今日を降りしきる雪のように、いっそう重なれ、吉いことよ)



「家持、最後の歌です」

「死ぬ前に作った歌なの?」

「橘奈良麻呂の乱と、宿奈麻呂の乱の間に、この歌は詠まれました。家持は、不惑になったくらいの年齢です。彼は、60歳代中頃まで生きましたから……」

「残り四半世紀の間、歌を詠まなかったわけか」


 家持が、歌を見限るなんて。


「この後の家持は、大伴家の重鎮として責任も重く、常に政界復帰を睨みながら、にも拘らず、相変わらず、安積親王の甥氷上川継の乱に連座したりしています」


「家持の最後の歌が、『万葉集』の最後にあるのは、何か、意味があるのかな」

 思わず俺は口にした。


 意味があるとして、この歌を最後に配したのは、誰の意思か。

 家持?

 それとも、彼の死後、『万葉集』をまとめ上げた誰か……?


「これは、しゅだと思うのです」

そういう桐原の弟の声は暗く、どこか異界から届いているかのようだった。

「我々を恨んでくれるなよ。この日の本の国へ、災いをなしてくれるなよ。そういう願いを込めて、この歌は、『万葉集』の巻末に置かれたのではないでしょうか。いわば、家持の棺の上に置かれた重しのようなものです」


「いやしけよごと」


 俺はつぶやいた。妙に印象的な言葉だ。

 桐原の弟が目を上げた。


「ええ。永遠の寿ことほぎの言葉です」

「寿ぎ? 呪じゃなかったのか?」


 桐原の弟は、まっすぐに、俺の目を見据えた。


「言葉には魔力があります。でも、いやしけよごと。これは、家持自身の言葉です。しかも、平和を寿ぐ言葉だ。それゆえこの歌は、家持自身の怨念を封じる役割を果たしている」


「『呪い』と『祝う』は、似ているね。字が」

 思いついたことを、僕は言ってみた。たいして意味もない。情報量が多すぎて、それくらいしか反応ができなかったのだ。


 桐原の弟は目を丸くした。

 ややあって、彼はつぶやいた。


「さっき吉塚さんは、家持は、残りの人生を、歌を詠まないで過ごしたといいました。でも、僕は違うと思います」

「違う?」


 思わず俺は鸚鵡返した。

 桐原の弟は頷く。


「家持ほど饒舌に言葉を操る人が、言葉と無縁に生きていけるわけがない。いいえ。家持は、生涯に亘って、歌を詠み続けたはずです。ただしそれは、後世まで伝わっていない」

「……消されたのか? 後の為政者に」


 安積皇子や彼の姉君達のように。


「家持の最後の歌は、豊葦原の瑞穂の国を賀するものでなければならない。決して、反逆思想や謀反の気持ちをこめたものであってはならない。そう考えた人がいたということです」



 家持、後半生の歌は消され、残された歌は、恣意的に利用された。

 軍歌に。

 そして、日本の青年達を大勢、死へと導いた。


 今、冥界で、家持は、何を思っているのだろう。この国に、麗しの瑞穂の国に、物申したい気持ちは、既に失せてしまったのだろうか。

 否。墓を掘り返され、死骸に鞭打たれた家持だ。安積皇子も井上内親王も、彼が忠誠を誓った、聖武の御子たちは、悲惨な死を遂げた。反骨の人、家持が、沈黙するわけがない。

 しかし、彼が怨霊となったという話は聞かない。

 「いやしけよごと」……。この歌が重すぎて、彼は、身動き一つ、できないでいるのではなかろうか。








☆――――――――


*巻二〇 4516(現代語訳も)







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