第19話 藤原種継暗殺



 延暦3(784)年。桓武天皇は、平城京から、長岡宮への遷都を命じた。

 謀殺した井上いのえ廃后と他戸おさべ廃太子の祟りを恐れたのかもしれない。


 藤原式家の末裔、種継たねつぐは、新帝、桓武の信任が厚かった。大伴家持を出し抜いて正三位となった彼は、事実上、政務の大半を任されていた。

 長岡の地を推挙したのも、種継自身だった。彼は、造長岡宮使つくり ながおかぐうしをも、拝命していた。





 遷都後間もない深夜。

 種継は、新都の見回りに出た。


 遷都を反対する寺院や宮廷の旧勢力は、依然として、異を唱え続けていた。

 長岡京は、桂川と宇治川と木津川が合わさった北側にあった。湿気の多い土地柄、疫病の発生も報告されている。

 桓武天皇は、都を留守をしていた。

 帝の留守中に、万が一にも、変事があってはいけない。



 ひゅっ。

 その音を、種継が聞いたかどうか。

 次の瞬間、彼は、地面に倒れ伏していた。命の亡くなった体には、矢が、深々と突き刺さっていた。



 事件に連座したとして、大伴継人(*1)ら、十数人が斬首となった。また、多くの人が流罪となった。


 主犯は、大伴家持とされた。

 彼は、事件の1ヶ月ほど前に、亡くなっていたのだけれど。





 鍬を持った人々が、やってくる。

 目的の場所まで来ると、彼らは、黙々と穴を掘り始めた。


 「うわつ! 腐ってる!」

 穴に降りて作業を続けていた一人が叫んだ。


 強烈な腐臭が、辺りに漂い始めた。



 ここは、大伴家持の墓だ。

 帝の寵臣殺害の首謀者として、彼は、官籍を外された。

 たとえ死んでいようと、謀反人は、鞭打たれねばならない。墓から掘り出されて。


 墓を掘り返した人々は、死体を土に横たえた。

 鍬を鞭に持ち替え、しばしのためらいの後、中の一人が、思い切ったように、鞭を振り上げた。


 びちゃっ、という湿った気味の悪い音がした。


 人々は、代わる代わる、死体を鞭打った。

 青黒い、どろっとした液体が、人々の足元に飛び散る。

 運悪く、脛の辺りにもろに液体を浴びた男が、悲鳴をあげた。


 鈍く湿った音とともに、死体の腕が、粉々に飛び散った。

 汗みずくで鞭を握る男たちは、死体の粘液にまみれ、憑りつかれたような目をして、狂ったように、鞭をふるっている。


 既定の回数の鞭が、打たれた。

 男たちは、足が裂け、首が胴から離れた死体をこもで包んだ。

 この者に、埋葬は許されていない。


 死体を担ぎ、無言の列が、寒々と立ち枯れた草木の間を去っていく。

 ……。








☆――――――――


*1 大伴継人

古麻呂(「13 橘奈良麻呂の乱」参照)







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