第18話 山持の忠誠



 いったん、主君と決めた皇子。

 彼が死んでしまった後は、残された親族に、忠義を尽くす。

 時の権力者に、次々と逆らって、謀反を起こす。


「家持は、なぜそこまで、安積皇子に尽くしたんだ? 死んじまった後も、何十年も、姉や甥にまで、身を捧げるなんて……」


 呆然とつぶやくと、桐原の弟は、俺をじっと見つめた。

 肺を病んでいるせいだろうか。その頬は赤く、目は潤んでいた。


「男が、誰かに仕えると決めたのなら、一生ものであるはずです。その人が先に亡くなってしまったのなら、後は復讐、そして、残されたえにしの方々への御奉公あるのみです!」


「だが、安積皇子は、そこまでの人物だったのか? たった17歳で亡くなったんだろ? これからどういう人間になるかなんて、わからないじゃないか」


「お互い若かったからこそ、わかりあえたものがあったんじゃないでしょうか。国を変える。民を幸せにする。遠く、新羅や唐との外交。若い二人の間で、いろんなことが話し合われたのでしょう」


 家持は、安積皇子より、10歳、年上だ。初めてあった時、安積皇子が10代なら、家持は20代だ。安積皇子、個人の付き人となった家持は、皇子を教え導く役割も兼ねていたのかもしれない。


「安積皇子の言葉は、何か残っているの? 歌とか、さ」


俺が尋ねると、桐原の弟は首を横に振った。


「じゃ、彼がどんな人物だったかなんて、わからないよね」

少し意地悪な気持ちで、付け足した。


「吉塚さん」

桐原の弟は、まっすぐに俺の目を見返した。

「政敵の言葉は、後世の為政者によって、奪われるものですよ」



 聖武天皇も、光明皇后が産んだ孝謙(重祚して、称徳)天皇も、歌が残っている、と桐原の弟は言った。

 しかし、側室腹の3人……井上いのえ内親王、不破ふわ内親王、安積あさか親王……には、ひとつも、歌が残ってはいない……。



「彼らの歌は、勝ち残った政敵に、消されたというのか?」

「仲麻呂の手によって。或いは、桓武天皇」



 考えれば、安積皇子の周りには、家持をはじめ、藤原八束やつか真楯またて。北家。彼の子孫が、道長に繋がる)、市原王など、当代の文化人たちが集っていた。

 また、皇子は、姉の井上内親王の為に、薬師経と千手経の写経をしている。

 安積皇子自身、教養豊かな青年だったといえよう。


 だから家持は、己の一生を捧げて、お仕えしようと決意した……。

 早くに彼が亡くなった後は、残された家族に、忠義を尽くし続けた……。







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