第12話 おおきみが死んだ

 だが、家持の願いは、叶えられなかった。



 有名な、聖武の彷徨。何かに追われたように、各地を彷徨い、都移りを繰り返す。その終わり頃のことだった。


 「脚が痺れる」

 父聖武の後を追って、難波宮に向かう途中。安積皇子が、脚の不調を訴えた。

 恐れ多くも舎人が拝見すると、白い脚が、無惨にむくんでしまっている。


 距離的には、難波よりも、出てきたばかりの恭仁京くにきょう(当時、都は恭仁にあった)の方が近かった。


 「恭仁京の留守官は、藤原仲麻呂だ」

 誰かがつぶやいた。


 仲麻呂……。

 光明皇后の、お気に入りの甥……。

 何人かが、不安げに顔を見合わせた。

 毒……。

 口には出さないが、疑惑が、従者たちの心を過った。


 安積皇子は、さっきまで、元気だった。皇子は、若さの盛りにあられる。普通だったら、このような急変は、考えられない。

 もし、今のこの安積皇子の苦痛が、毒物によるものだとしたら……?

 その毒は、どこから?


「だが、薬師も、有能なものは、聖武帝について、すでに難波へ入ってしまっている」

 従者たちは、思案に暮れた。


 皇子の苦痛は、いやますばかりだった。この状態で、難波まで進むのは、無謀と思われた。

 一行は、出て来たばかりの恭仁京へ引き返した。



 2日後、安積親王は、亡くなった。

 17歳になったばかりだった。

 脚気だったと、言われている。





 慟哭が聞こえる。

 長い冬の終わりが見え、日に日に春めいていく、その時。

 命の芽吹きが見える春の山を、白い服(喪服)の人々が登ってく。彼らは、御輿を立てている。大事な主人の乗った、葬送の御輿だ。



「あしひきの山さへ光り咲く花の散りぬるごときわごおおきみかも」*


(山までも光り輝かせていた花が、散ってしまったようだ。私のおおきみが、死んでしまったよ)



 内舎人の家持は、安積皇子のことを、「おおきみ」と呼んで、憚らなかった。









☆―――――――


*巻三 4771(現代語訳:せりもも)







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