第62話 これは違う。


今日は貴族街の屋敷の受け渡しの日だ。


侯爵という話を聞いて少し警戒していたんだけど、小さくない。


どう見ても豪邸。


しかも、貴族街の中央、王城の近くだ。


ユリアは口を開けて動かない。


貴族街の土地は王城に近いほど高い。


つまりこれは恐ろしく高いという事だ。


しかも、余程の事が無いと手放なさない。


お金があっても買えない可能性もある。



「どうでしょうか? お気に召して頂けましたでしょうか?」


スーベルト侯爵自らが引き渡しに来て、その後ろには帝王がいる。


正直、こんな大きな屋敷は要らない。


だけど、そんな事言える状態では無いな。


「有難うございます」


「気に入って頂けて光栄でございます、それではこちらの書類にサインを下さい」


サインをしたら、しまわないで大切そうに持っていた。


「あの、仕舞われないのですか?」


「これは当家が勇者様に家を提供した証、家宝にします」


それだけ言われると行ってしまわれた。


だが、何故か帝王は此処にいる。


「それじゃ、これから中を案内しよう」


「帝王自らですか?」


「ああっ、此処は俺が下賜じゃなかった、贈り物として差し上げた物だからな」


「そう言う事ですか」


「まあな」



ユリアもようやく元に戻った。


「このお屋敷なんだね、話だと小さいと聴いていたのに」


「勇者だから、ある程度はと思っていたけど想像以上ですね」



「そうかホーリーは勇者だから、やはり少しは慣れているんだ」


「はい」



だけど、ホーリーが余裕だったのは此処までだった。



「嘘でしょう? これどれだけ広いのよ!」


「大した事は無い、たかが16部屋にリビングが3つ後は倉庫が2つあるだけだ」


僕が頼んだのは小さな屋敷だ。


それなのにこれは全然違う。


「凄く大きいですね」


「言いたい事は少しは解る、だがセイルは勇者だ、もしお前が小さな屋敷に住んだら、貴族が困るのだ、本来なら俺の別邸でも可笑しくないんだぞ、これでもスーベルト侯爵が持っている屋敷2つのうち小さい方だ、スーベルト侯爵は最初大きい方を考えていたのだぞ、諦めてくれ」



「セイル、お掃除とか大変そうだね」


「それも気にする必要は無い、使用人も込みで考えていたのだが、どうしてもと教皇様が言うのでイシュタ教から住み込みで来るそうだ」


それじゃ二人きりの時間が減ってしまうじゃないか?


一通り話を聴いた。


帝王は帰っていったが、どうすんだこれ!


家具も全部用意されて、揃っている。


明日からは使用人も来る。


まぁ良いや、明日までに何か考えよう。



「とりあえず帰ろうか?」


「そうだね」


「はい」





「今日は何か精神的に疲れたから食べて帰ろうか?」


「そうだね」


「はい」




いつものお店でオーダーをした。


「すみません、ミノのステーキセット3つにエール3つ」


「はい、ただ今..すぐに用意します」



出て来た料理を食べてみた。


可笑しい..肉が口で溶けるように柔らかい。


こんな美味しい肉を食べた事は無い。


僕だけじゃない、ユリアもホーリーも違和感を感じたようだ。


ミノタウルスは確かに美味いけど、此処までじゃ無かった。



「まさか、これは幻の 黒ミノタウルスでは無いでしょうか?」


「何それ!」


聴いた事も無いよ..そんなのがあるんだ。


「えーとですね、私も食べた事は一度しかないんですが、ミノタウルスの中でも貴重で滅多にいないと聞きました」


「それって高いんじゃないの?」


「ユリアさん、お金もそうですが滅多に出回らないので、まず口には出来ません」


「まぁ良いや、折角だから美味しく食べようか?」



美味しい料理を堪能して支払いをして帰ろうとした。


「お代は要りません、聖人様に食べて貰える事が至上の喜びなのでございます! 申し遅れました、私はイシュタ教で2級信者で王都では3つ星レストランでシェフをしておりましたマルコーと申します、死ぬ気で頑張りますので今後とも御贔屓にして下さい」



お金が払えない。



だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る